カテゴリー: ユダヤの食卓月と太陽の傾き

愛おしい

久しぶりにピタを焼いた。

焼き上がってオーブンから出した時の、あのふんわり甘い香り。丸い形。

重ねた時、表面が擦れたカサカサ乾いた音。

どれも愛おしい。

はー、中東に生まれてよかった!(生まれてない)って瞬間。

嗅覚と音。記憶。

ピタを焼くと、一瞬でエルサレムの市場へタイムスリップする。

あの時代の、キラキラしたエルサレム。

今、あの街で暮らしていることは想像できないけれど、

きっと忘れることのない、人生の途中。一つの時代だったんだね。


*ピタのレシピ*
前回、2009年にピタを焼いたことがブログに書いてあった。レシピは書いてなかったので、備忘録。

小さめのピタ8枚分
◉強力粉…..250g
◉砂糖………12g
◉塩…………..4g
◉オリーブオイル….12g
◉ドライイースト….3g
◉水…………..150ml

材料を捏ねて一次発酵(35度で35分ほど。もっと低い温度でも良い)→オーブンを200度に温めて、パンチ、丸く伸ばす→数分焼く。膨らんで薄く焼き色がついたらOK。所要時間1時間弱。

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海を越えたビアリ

雪の降る寒い2月。その日焼いたパンは、ニューヨークベーグルとビアリ(イディッシュ語でבײגלとביאלי)。どちらも東欧からニューヨークに移住したユダヤの人たちのパン。

ベーグルは日本国内でも見かけるようになって久しいが、ビアリは真ん中の玉ねぎがアクセントのお惣菜パンとでも言おうか。ビアリっぽいパンはあるけど、本物はほとんど見たことがない。かく言うわたしも、ニューヨークにいた頃ビアリにはベーグルほどに思い入れはなかったけれど、ちょっと気になるユダヤの失われたレシピのひとつだった。

はっきりした時代はわからないけれど、ビアリはポーランド北部のビャウィストクという町に住んでいたユダヤ人のパン屋たちが生み出したそうだ。ビャウィストク・クッヘン(Bialystok Kuchen)と呼ばれたそのパンは恐らく今のように玉ねぎが鎮座したりはせず、もっとシンプルで素朴なパンだったのだろう。そんなビアリはビャウィストクのユダヤ人たちの日々の食卓には欠かせない物で、ポーランド人はそんなユダヤ人たちを「ビアリを大食いする者たち」と、ビリア中毒とかビリア狂いといったニュアンスで呼んでいたという。

中世からビャウィストクの町ではユダヤ人の居住が許されていたが、1800年代に入ると町の人口の36%がユダヤ人に、そして1890年代では更にそれが膨れ上がり、町の人口の65%をユダヤ人が占めるようになる。元来商才に長けていたユダヤ人たちはビャウィストクで織物や染色などの繊維産業で成功し、近隣の村のユダヤ人たちも職を求めてビャウィストクに移り住み始めた。

やがて町にはユダヤ人の商店やパン屋、幼稚園、病院、老人ホーム、低所得者のためのホスピス、葬儀屋、墓地、シナゴーグ(ユダヤ教の教会)が建ち、後のイスラエル首相イツハック・シャミルも在籍した優秀なユダヤ人学校などが開校するなど、当時のビャウィストクは絶大な規模を誇るユダヤの町と言っても過言ではなかった。

しかし、1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ビャウィストクのユダヤ人の暮らしのすべては一変し、他の東欧の町と同じようにナチスのホロコーストによって何もかも破壊され奪われてしまう。1941年6月に起きた「赤い金曜日」事件では、千人以上ものユダヤ人を閉じ込めたシナゴーグが焼き払われ、数日後には教育者など知識層のユダヤ人たちが町の外れに集められ銃殺された。その他のユダヤ人たちはゲットーに閉じ込められ、子供たちも貨車に詰め込まれテレジエンシュタットを経てアウシュヴィッツ強制収容所で息絶えた。そうしてビャウィストクのユダヤ人コミュニティーは消滅し、1939年には約6万人だったビャウィストクのユダヤ人のうち、1945年の終戦まで生き抜いた者はほんの900人ほどだった。

その当時ビャウィストクでパン屋を営んでいたユダヤ人一族においては、その50人あまりもの親族が強制収容所に送られ帰らぬ人となったそうだ。しかし一族の何人かは幸いにもホロコーストを生き延びてアメリカに渡り、今もアメリカ国内のあちこちでパン屋を営んでいる。「ビャウィストクでは階級に関係なくユダヤ人みんながビアリを愛してたんだ」と、今でも当時のようにビアリを焼いている。またニューヨークで別のユダヤ人が営むパン屋でも、先代のレシピのまま、玉ねぎのみじん切りとパン粉を混ぜ合わせて焼いた素朴なビアリが時代を超えて受け継がれている。

故郷ビャウィストクを追われ新天地ニューヨークへと海を越えたユダヤ人たち。彼らと共に今ではすっかりその地に根付いたビアリは、ニューヨーカーたちに朝食として愛され、日本でもそれに類似したお惣菜パンが市民権を得ている。でもビャウィストクではもうかつてのようにユダヤ人の面影はなく、ビアリも彼らの暮らしと共に歴史に翻弄されて消え失せてしまった。

ビアリは、そんな悲しい過去を乗り越え今をたくましく生きる人たちの味がする。過去は悲しく苦いけれど、生きる力がそこにある。だからビアリは、ちょっとハードなのだ。噛み締める系なのだ。ふわふわパンが流行る日本だが、やっぱりビアリはこのままで焼いていこう。

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おじさん

今日の午後、ピンポーン、玄関がなった。
はーい、と出てみると、見知らぬおじさんが。
「これ、あんたんち宛やね?」郵便物を渡された。
お?郵便局の方???

玄関を出ると、普通の白い軽トラック。あれ????
おじさんもこれからどこかに農作業に行きそうな感じを漂わせ。
あー、ついでに通りすがったよ、的な。

「あと、荷物もあるよ」
おじさんは楽天で注文した本も届けてくれた。
おーーー?宅急便の方???

そしておじさんはそのまま軽トラックで走り去って行った。
シルバーさんのバイトなのか???誰なのーーーー???
不思議な、だけど、まー、そんなところが気楽でおもしろい。

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次は家かな

住む家を探す時、わたしは猫にとって住みやすい条件で探す。
そうすると大抵、アタリ。

車の通りが少ない。
周辺に危いところがない。
静か。
日当たりが良い。
そこそこの広さ。

なんていう、猫がゆったりと安心して楽しく暮らせる家。
つまりは、自動的に人にもとっても良い環境の家。

そろそろ、そういう家を見つけたいなあ。できればこの辺りの海沿いで。
生まれて初めて、そろそろ、自分の家をと思い始めている。

summer beach in Noto
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そして光陰矢の如し

そんなこんなで、気がつけば2020年がはじまってしまった。

母とボヘミアン・ラプソディーを観に行ったのがもう一年も前のことなんて、どういうこと!?本当に月日が過ぎるスピードの加速が止まらない。

今年の抱負。ってのはいまだに長年の習慣で毎年ユダヤの新年に想うのだけど、今年はなんとなく、西暦もいいなと思ったので「心穏やかに保つこと」かな。そしてもう一度、原点に戻っての自分発見。それがなかなか難しい。日本にいると特にね。言いたいことも言わないし、大人しくしてるものだから、もう自分で誰なのか何なのかわからない。よろしくないねー。となると、自分発見と心穏やか・・・は、相反することかもしれない。ま、なるようになりますわ。

そして、パン。
これがね、また、結局ね、ユダヤのパン。ハラと呼ばれるアレですわ。あんなに普通のパンを焼こうとしたのに、結局はあそこに辿り着きました。なんだかなー。ま、それでいいのだ。

今年もハラを焼く。しばらくはこれが一番楽しいな。あ、そしてブログを書くこと。毎年言ってるけど、今年は書こう!ほんまか・・・。

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楽しいことをやってみる

「楽しいと思うことをやる」この当たり前で簡単なのに大人になるにつれなかなかできないこと。それをやってみようと思ったら、なぜか今はパンだった。

そして前回の終わりに登場した北海道産の小麦粉、「はるゆたか」。国産小麦の中でも少量生産で、パン作りにぴったり。「幻の小麦」とまで言われているそうだが、「ほんまかいな〜?」といつも関西人の悪い癖。何かにつけ斜めに物事を見ないと気が済まない。

しかし、気のせいかな、この「はるゆたか」。袋を開けて真っ白な小麦を手で触ってみた時の感触がね、なんかこう、いつものパン用小麦粉よりもふわっと柔らかく細かくで滑らかな気がした。そういう微妙な感覚って本当に微妙。「ほんまかいな〜?いつもと一緒ちゃうのん?」って言われたらそうかも知れないし。

静かに高まる「はるゆたか」への期待感と「ほんまかいな〜?」の同居の中、前回よりおいしいパンを焼くには?と、ない知恵を絞って数日。今年は暖冬とはいうものの、それでも能登はパンを焼くには室内の気温が低い。この数回、キッチンでの発酵がイマイチな気がしていた。その日の朝も室内はもちろん外気もキリリと冷え、家の前の海には「けあらし(気嵐)」と呼ばれる蒸気霧が発生して、静かに水面を揺れている霧がなんとも幻想的だった。

そこで、その日は「発酵を確実に」をモットーに(笑)、オーブンの発酵機能できちんと発酵させ、さらに室内の気温も上げて焼いたところ、なんかいいぞいいぞ。香ばしくて甘い小麦の匂い。噛むともちもち、しかも「私、小麦です!」って主張がいい。人気の理由がわかるような。

そんなこんなで、12月に入ってノソノソと重い腰を上げて再開したパン作りが「楽しいこと」になりそうな2019年の暮れ。うちのスペルト小麦が収穫できる来年はどうなることやら。それまでパン熱は続いているのかな?人生、やっぱりどうなるのか。さっぱりわからない。