カテゴリー: オクノトDIARY

おじさん

今日の午後、ピンポーン、玄関がなった。
はーい、と出てみると、見知らぬおじさんが。
「これ、あんたんち宛やね?」郵便物を渡された。
お?郵便局の方???

玄関を出ると、普通の白い軽トラック。あれ????
おじさんもこれからどこかに農作業に行きそうな感じを漂わせ。
あー、ついでに通りすがったよ、的な。

「あと、荷物もあるよ」
おじさんは楽天で注文した本も届けてくれた。
おーーー?宅急便の方???

そしておじさんはそのまま軽トラックで走り去って行った。
シルバーさんのバイトなのか???誰なのーーーー???
不思議な、だけど、まー、そんなところが気楽でおもしろい。

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次は家かな

住む家を探す時、わたしは猫にとって住みやすい条件で探す。
そうすると大抵、アタリ。

車の通りが少ない。
周辺に危いところがない。
静か。
日当たりが良い。
そこそこの広さ。

なんていう、猫がゆったりと安心して楽しく暮らせる家。
つまりは、自動的に人にもとっても良い環境の家。

そろそろ、そういう家を見つけたいなあ。できればこの辺りの海沿いで。
生まれて初めて、そろそろ、自分の家をと思い始めている。

summer beach in Noto
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そして光陰矢の如し

そんなこんなで、気がつけば2020年がはじまってしまった。

母とボヘミアン・ラプソディーを観に行ったのがもう一年も前のことなんて、どういうこと!?本当に月日が過ぎるスピードの加速が止まらない。

今年の抱負。ってのはいまだに長年の習慣で毎年ユダヤの新年に想うのだけど、今年はなんとなく、西暦もいいなと思ったので「心穏やかに保つこと」かな。そしてもう一度、原点に戻っての自分発見。それがなかなか難しい。日本にいると特にね。言いたいことも言わないし、大人しくしてるものだから、もう自分で誰なのか何なのかわからない。よろしくないねー。となると、自分発見と心穏やか・・・は、相反することかもしれない。ま、なるようになりますわ。

そして、パン。
これがね、また、結局ね、ユダヤのパン。ハラと呼ばれるアレですわ。あんなに普通のパンを焼こうとしたのに、結局はあそこに辿り着きました。なんだかなー。ま、それでいいのだ。

今年もハラを焼く。しばらくはこれが一番楽しいな。あ、そしてブログを書くこと。毎年言ってるけど、今年は書こう!ほんまか・・・。

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日々あれこれ好日

さて。今年ももう数日でおしまい。今年は暖冬らしく、能登もお天気が良い日が多くてありがたいが、おかげで原木から作っている椎茸がうまく育たず。良いこととそうでないことは裏合わせ。

さて。6月から激変した私の新しい環境。能登の、穏やかな湾に面した小さな町。この町に来て半年。思うことは、とにかくこの能登というところは、一年を通して本当に豊かな食生活がある。山と海とに囲まれ、魚や牡蠣、季節の旬の野菜や果実、お米、お味噌など、どれを取ってもそのクオリティーの高さに驚く。ご近所さんや友人たちとの、そういった滋味豊かな食材の物々交換的な日常がここにはある。そういう昔の共同体的な社会は大変だけど、それなりに好きなんだなあ。人間くささが良い。と思うと、今さらだけど、イスラエルにある社会主義的なキブツや戦前のロシアやヨーロッパのユダヤのシュテトルなんかの暮らしが結局は向いていたのかも知れない。戦前には戻れないけれど。

そんなこんなで、この半年間の物々交換で、まだまだ慣れない食材も多く、秋には「ぶどう」という未知の食材と格闘し、ソースやジャムは初めてとしてはまあまあで、次に発酵させてみたら雑菌が勝って食中毒っぽいことになったり(危ないね〜)、12月に入ってからは採れたての椎茸と源助大根が毎日の食卓のメイン。贅沢贅沢。

そして、ここ1ヶ月ほどはひたすらパンを焼いている。能登暮らしが始まってからはパンを焼くのが何だかとても億劫で、いずれ使い勝手が良いキッチンのある終の住処に引っ越したらね、なんて思っていたけど、それも一体いつになるかわからない。人生、今ですよね?と、どこかこの辺ではじめておかないと。それで去年買ったデロンギのオーブンでようやくパン焼き生活、開始となった。

でもね。それがなかなか思うように焼き上がらないものだから、また次を焼いてみる。それじゃあと今度は小麦を変えてみる、分量も変えてみる、なんて、全くキリがない・・・。それならいっそ、先日閉店した町のパン屋のお父さんに一から新たにパン作りを習いに行こうかとさえ、チラリ、と浮かんでくる。あくまでも、チラリ。だって、そのうちすっかりパン作りにハマってしまって、パン屋になる?!って、思いはじめたらどーするの、自分。なんかありそうで怖い。

そんなこんなと書いていると、先日ネットで注文した小麦粉が北海道から届いた。さー、今度はどんな焼き上がりになるかな。年末に実家の父に食べてもらえるパンができたら良いなあ。

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ゆたかに暮らす

そして最近のわたしはというと、人生でもっとも早寝早起きな日々を過ごしています。

イスラエルでもクロアチアでも、京都でもNYでも、つまりこれまでの人生ほぼほぼ超夜型で、ベッドに入るのが午前2時3時なんて当たり前。下手すると仕事で徹夜も平気だった。

でも最近は5時!に、起きます。朝の、ですよ。寝るのは9時か10時。ええ、夜の、ですよ。おかげで体調は、良いですな。わー、田舎暮らしばんざーーーい。

で、よく、尋ねられる。なぜ日本で田舎暮らし?しかもなぜに能登?

それは、話をさかのぼって2008年。もう10年以上前、先進国で近代的なイスラエルから引っ越したのは、質素で素朴な東欧のクロアチア。そこでの日々の暮らしはイスラエル以上に自然との距離が近かった。

USJなどのテーマパークなど人工的な娯楽がないクロアチアでは、休みにはアドリア海で遊んだり山へハイキングに出かけたり、シンプルにベーシックに楽しかった。日々の食卓も、春には春の夏には夏の旬の野菜やフルーツが市場に並び、その時にだけあるものを美味しく食べる。だから、真冬に苺のショートケーキなんて、ない。だって、苺の季節じゃないんだもの。苺なんてないんだもの。でも、それはそれでよかった。春になって苺との再会を楽しみに待っていられたから。春の能登町で熟すのを待ちわびる赤崎いちごのように。

数年前、そんな外国暮らしから京都暮らしに戻り、でも良くも悪くも街の暮らしは人工的で。そこのどこかにずっと違和感があった。そうして思い切って街を出て、暖かい風に吹かれてたどり着いたところが能登だった。

家からは海が見え、風を感じ、空気を感じ、プラネタリウムのような星空が輝く。借りている畑に朝早く、野菜や花の手入れに行く。たくさん採れたらおすそ分けし、そのお返しにとまた頂き物をする。そうして人と自然とに「ありがとう」と思う。自分のちっぽけさを思う。

そしてここではコンビニやスーパーへは車がなければ行かれないし、それでも街のようになんでもいつでも手に入るわけでもなくて。でも、それはそれでいい。まるでかつてのクロアチアやイスラエルでの暮らしのようで。

人はほんのチョット、チョットだけ不便な方がいい。そうして考え、工夫し、感謝して、ゆたかな暮らしができてゆく。「ゆたかさ」と「物」は決してイコールではなくて。そんな思いで能登での日々の暮らしを大切にしています。

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once again דער מענטש טראַכט און גאָט לאַכט

ユダヤの言語、イディッシュ語の古い諺(ことわざ)に

דער מענטש טראַכט און גאָט לאַכט
(Der mentsh trakht un Got lakht)

というのがあります。

そのまま訳せば「人は計画し、神は笑う」。神との契約の民であるユダヤの諺なので「神」という言葉の存在が大きすぎて、なんだかわかるようなわからないよな。まあ、サクッと言えば「人生なんて思い通りになんて、ならない」。

わたしの人生も然り。思い通りになんてなるはずがなくて。むしろそうならないのが人生なのかと。それでも懲りずに、あーだこーだ、ああしよう、こうしよう、と生きているあいだ中、色々考えたり計画したりして過ごしてきました。で、えーーーっ!なんでやねん!みたいなことが起きて、ああ、やっぱりそう来たか。また神サマにしてやられたなと。人間の考えなんて本当にちっぽけで、自分ではどうにもならないような、もっともっと大きな何かが存在しているんではないかと思ったり。

まあ、そんなことを思いながら、能登生活も2年と半分になりました。海はいつも変わらず穏やかで美しく、のんびりゆったりした時間の中で過ごしています。と言いたいところですが、相変わらず神サマはいつも、チョッとだけイジワルで。次はどこにたどり着くのやら。