カテゴリー: ホロコースト, 勝手にレコメンデーション

『僕の大事なコレクション ー Everything is illuminated』

以前から下書きだけしてあったものですが、投稿しますね。

原題『Everything is illuminated』(すべては明らかに)のイメージとはかなり異なる邦題で日本上陸の『僕の大事なコレクション』。

アメリカの若きユダヤ人作家ジョナサン・サフラン・フォアの同名小説をベースにした、ロードムービー(2005年公開)。『ロード・オブ・ザ・リング』のイライジャ・ウッド演じるアメリカのユダヤ青年が、ホロコーストを生き延びた亡き祖父の過去を知るべくアメリカからウクライナへと渡るもうひとつの指輪物語だ。言葉と文化の壁からクスッと笑いが込み上がる不思議なストーリー展開(まだ観てない方もいるでしょうから内容は書きませんよ)でこの作品の監督を勤めたリーヴ・シュレイバンはハラハ(ユダヤの法)的にユダヤ人で、今年公開された映画『Defiance(ディファイアンス)』では1940年初頭のドイツ占領下のポーランドの森に隠れ住むユダヤ人コミュニティーの中枢となったユダヤ4人兄弟の次男役で力強い演技力を発揮している(実在したビエルスキ兄弟の実話に基づいたこの映画もおもしろいですよ)。

この『僕の大事なコレクション』では、全編に渡りユダヤポイントと言えるほどのシーンはあまりなく、音楽もユダヤ音楽ではなくジプシー音楽だ。あえてユダヤポイントとして挙げるとすれば映画の冒頭と終りでジョナサンが彼の祖父の墓を訪れるところぐらいだろう。祖父の墓碑には他のユダヤ人のものにも見られるようにダヴィデの星とヘブライ語で (Tehei nishmato zrura b’zrur hachaim)תהא נשמתו צרורה בצרור החיים(安らかに眠れ)の略字「ת’נ’צ’ב’ה」が刻まれ、墓碑の上には小石がいくつか置かれている(理由はこちらを参照)。

というのも、原作で描写されているユダヤ的ポイントが映画では撮影後に編集でカットされている。例えば、前記の祖父を埋葬する冒頭でカットされたのは、黒いキパを頭に乗せたジョナサンが墓に撒くべき砂をジップロックに入れて彼のコレクションのひとつにしてしまうシーン。これはユダヤポイントとしても映画としても残しておいた方がよかったと思うのだが、遺族の手の中の一握りの砂はおそらくエルサレムの砂である可能性が高い。離散ユダヤ人(イスラエル以外に居住するユダヤ人)ーそれが生前は信仰もなく政治的に反イスラエルであったとしても、彼らの多くは死に際にエルサレムに戻ることを願う者も多く、埋葬時にこうしてエルサレムの砂をひと掴みほど棺桶(または遺体)の上に撒く習慣がある。しかしジョナサンはその象徴的な行為に思わず踏みとどまり、ジップロックしてしまう。この冒頭シーンがカットされているため、ジョナサンの成長を汲み取れるラストシーンでの効果が半減してしまっている。しかもそのラストシーンだけでは、そこにユダヤ的な習慣があることもわかりずらい。

そしてもう一か所カットされたのは、ウクライナでの通訳者である若いウクライナ人アレックスと、今回運転手を勤める羽目になったアレックスの祖父との道中でのワンシーン。話の流れからその時点でアレックスのおじいさんはかつてナチ側でユダヤ人を殺した苦しみを引きずっているのかもしれないと頭をよぎっているのだが、車内でなにも知らずにアレックスにイディッシュ語(字幕ではユダヤ語となっていた)の単語の説明をするジョナサンのイディッシュ語に、運転席のおじいさんがちらりと反応するのである・・・つまり、え?おじいさん、イディッシュ語わかるの?ってことは、隠れユダヤ人かも?と思えるポイントなのだが、これがカットされていたため、おじいさんがどちらに属していたのか、最後までわかりづらい。

もうひとつ、ここはカットではなく、和訳の限界のため、わかりずらくなっていた部分があった。一軒家に住むとある老女にジョナサンが探している村を知っているかと訪ねる。老女は「Ya(わたしがその村よ)」と困惑気味に答える。英語の字幕も「I am」だが、日本語の字幕では「わたしの村」となっていたため言語的なニュアンスからくるおもしろさが欠けてしまったのが残念だった。そしてもうひとつは、その老女の家に保管されている数々の遺品の入った箱のひとつに、キリル文字で「MEHOPA」つまりひと目でそれがユダヤの燭台だとわかる「メノラ」と書かれていたのだが、和訳は単なる「燭台」。ああやっぱりね!と来るところで来れないロスト・イン・トランスレーション的もどかしさ。などなど、映画はおもしろいものの、カットや訳の限界でユダヤ的なポイントが明確でないため、Everything is NOT illuminatedとなってしまったのが少々残念でした。

その他には、アレックスのピッカーンッと輝く金歯、プラスチックおんぼろ車トラバント、ジョナサンは肉を喰わない=コイツどっか異常なんじゃねーの?なウクライナ・東欧・ポイント。

アレ「腹減ってるか?」
ジョ「うん。なにかぼくの食べれるものがあるといいんだけど」
アレ「なんでだよ?」
ジョ「ぼく、お肉は食べないんだ」
アレ「・・・な、なんだって?!」
ジョ「だから、ベジタリアンなんだよ」
アレ「なんだと?!肉食わねーなんて、ありえねえだろっ?!」
ジョ「だって、食べないんだもん」
アレ「じーさん、こいつ、肉食わねーんだってよ・・・」
じい「・・・なんだって?」
アレ「ほんとにかよ?」
ジョ「うん」
アレ「ステーキも?」
ジョ「うん」
アレ「チキンも?」
ジョ「う、うん・・・」
アレ「じゃあ、ソーセージもかっ?!」
ジョ「・・・そうだよ・・・お肉は食べないよ。ソーセージでもね・・・」
アレ「じーさんよぉ、こいつ、肉は一切食わないってさ」
じい「ソーセージもか?」
アレ「そうだとよ」
じい「どっかおかしいんじゃないか、この子?」
アレ「おい、おまえ、大丈夫かよ?」
ジョ「なにがさ?!大丈夫だってばっ!ただお肉を食べないだけだ」

宿のいかついおばさんが注文をとりに来る。
アレックスとおばさんのウクライナ語の会話をジョナサンが聞いている。

アレ「す、すみません・・・肉以外でなんかある?このアメリカ人なんだけど、肉を食わなくってさ・・・」
おば「大丈夫なのかい?その子」
ジョ「なんて言ってるの?」
アレ「肉以外に食いもんはないってよ」
ジョ「ジャガイモか何かないかな?」
アレ「あるけど、肉に添えられてんだよ」
ジョ「じゃあそのジャガイモだけ、もらえないの?」
アレ「すみません・・・その、このいかれたアメリカ人にジャガイモだけってのはだめですかい?」

おばさんは黙って奥へ行き、お皿にゆでたジャガイモが丸ごと運ばれてくるのだが、ジャガイモが床に落ちてしまう。

アレ「ウクライナへようこそ!」

そして・・・。

はらはらさせられつつも、くすくすっと思わず笑みがこぼれるシーンだ。

そしてもうひとつのシーンでは、なぜか昔からオデッサという響きに限りないロマンを感じているわたしにとって「オデッサは男と女が出会って恋をして、家庭を築くのにぴったりの街だった」というアレックスのおじいさんの台詞にきゅんきゅん、オデッサポイント高し。そしておまけは、冒頭で墓地にいるジョナサンの後ろを枯れ葉を掃除する男性が横切ってゆくが、どうもそれはこの小説の作者であるジョナサン・サフラン・フォアらしい(笑)。

最後に、第二次大戦中にウクライナではユダヤ人に対する迫害があったのかという点について。映画の中でもアレックスがおじいさんに「え?そうなの?ほんとかよ?」と驚いたり、おじいさんが「おまえはなにも知らん、ポグロム(欧州各地で行われたユダヤ人を狙った暴動、焼き討ち、虐殺)についてもな(日本語字幕では「ポグロム」は削除されていた)」と言うシーンなど、それとなしには触れているものの解明されていないが、答えはイエス、ポグロムもあれば、反ユダヤの風も吹き荒れ、多くのユダヤ人が亡くなっています。

そしてジョナサンたちが探していたトラキムブロド村は、かつては実在した村だ。ロシア皇女ソフィアがユダヤ人に与えた土地で、ソフィオヴカという別名でも呼ばれていたトロチェンブロドまたはトロチンブロドという村のことだ。1835年に開拓され大きなシュテトル(ユダヤ人村)となり、1930年代末には住民3000人すべてがユダヤ人となったが、第二次大戦中の1942年、ナチによりこのシュテトルのラビはシベリアへ輸送、逃げ延びた30〜40人を除く住民のすべては近郊の村に集められ殺害、シュテトルは焼き払われて地上から抹消。そこにはハシディック派を含む7つのシナゴーグがあったという。しかしこういったことは当時の時代の流れから、ウクライナやポーランド、ロシア、などでは珍しくもないことだった。

そういったユダヤやホロコーストの背景を抜きにしても、ロードムービーとしてとてもよい作品に仕上げっているので、ぜひ観てみて下さい。

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ハワイアンレッスン第5章

しばらくお休みしていたハワイアンレッスンの第5章が更新されました。
以下、葉っぱの坑夫のだいこくさんによるレビューです。

■Based on a True Story 「ハワイアンレッスン」(日本語)
テキスト:大桑千花
切り絵:川瀬知代
デザイン:Yoshimean.T
————————————————————–
http://happano.org/hawaiian_lesson/index.html

第5章
5-1 あるがまま
5-2 生きたい
5-3 嫉妬
5-4 エゴイスティック

この作品はbased on a true storyとあるように、著者自身の体験が元になって書かれたものです。しかし、写真が必ずしも「真」を写さないように、ひとたび文字に書かれ作品となったものは事実そのものと同一ではあり得ません。どんな体験もどんな事件も、書くという行為の中で一つの独立した世界を形成し、だからこそ作品と言われるものは、他の人(部外者)が読んでも楽しめるものになるのだと思うのです。第5章は、今までにも増して著者が苦労して書き上げたパートです。大桑さんはこの作品を書くことに実に真摯に向き合ってくれていますが、それは書いても書いても書ききれない、という表現上の問題と、過去の(とはいえ今に連続する)自分をどう扱っていいか、対象となっている自分をどこまで突き放して他人のように見ることができるか、という問題が混ざりあった大変さなのではないかと想像しています。この連載を決めたとき、大桑さんと間でこの物語は希望の物語であると大きくは解釈したつもりでした。そこから大きくはズレていないだろうということを、川瀬知代さんの明るく生命感あふれるトーンの絵と毎回合わせながら、確認しつつ進めています。川瀬さんのギャラリーページも更新しましたので、ぜひご覧ください。

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ユダヤ映画に関するアンケート

いきなりですが(笑)、ご協力お願いいたします。

もし日本のどこかで、ユダヤ文化や社会に関するユダヤ映画(政治などを含むイスラエル関係の映画ではなく、あくまでもユダヤ文化的な映画)が上映されるとしたら?

各質問は一人一回だけお答えできます。
答えを選択して各質問表の右下のボタン[vote]をクリックしてください。
[other](その他)を選択した場合はそこに答えを書き込んでください。

追記:
[View Results]をクリックすると結果が見られます。
[Return To Poll]をクリックするとアンケーとに戻ります。

 

 

どうぞよろしくです〜。
期限はありませんのでいつでもどうぞ。

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私的客観論

カナザワ。NYヤンキーズの松井選手が日本人では初めてのMVPとなって彼の地元カナザワは大騒ぎ。ニュース速報で流れ、夕刊で一面を飾り、ご両親や出身校の星稜高校の恩師もインタビューに笑顔で答える。街が誇る最大級のヒーロー、バンザイッ!酒もってこーいっ!・・・が、野球にまったくキョウミがないわたし。少々過剰騒ぎのような、ま、でもいっか、確かに目出たいことじゃ。すごいなあ。な、いつものわたしとカナザワの、微妙な距離間。

イスラエル。そいつ、おれの妹のクラスメートのいとこの彼氏で、うふふ〜、だからそいつおれの知り合い!すごいっしょ?ヒーロー自慢は自分自慢。そこに悪気はない。そんなちょっとお人好し。住んでいた時はその単純さ子供っぽさに苦笑い、去ってみれば可愛い人たちであったとほほ笑ましく、また住んでみたいとまでは言わずもしばらく戻ってみたいと妄想にふける。

クロアチア。地元出身ヒーローはこき下ろす。意地でもサポートしない。ほんとはおれの方がすごいんだぜ、ふん。そう言いたげで、辟易しそうになるほどねじ曲がった嫉妬心。そんなメンタリティーに馴染めないまま馴染みたくないまま。住めばいつかは都となるのかならないのか、過ぎればそれもよき思い出となるのか。とにもかくもなかなか帰る気も起きず、カナザワの実家でぬくぬく生活が続く2009年晩秋。

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インドネシアではありません(笑)。ソラと雲と水と木々が美しかった、霞が池。その日限りの兼六園無料開放の午後。ふだんももう以前のように無料に戻しませんかねえ・・・。と、多くの住人がそう思ってますが、といって反対運動など起きないのがもどかしい。

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映画「in her shoes」にみるユダヤなポイント

久しぶりに、ブログに困った時のユダヤネタでも(笑)。

日本に来てからけっこうテレビを観る。BSがメインだけど、寄席や映画、世界の列車旅行、伝統工芸、コンサートなどなど、それほど洗練されていない文化圏のクロアチアではあまり感じられない幅広いチョイスがあってなかなかおもしろい。

先日は「in her shoes」を観た。

キャメロン・ディアス主演、2005年のコメディー映画で、まだ観たい人もいるだろうから内容は詳しく書かないけれど、アメリカのユダヤ人作家ジェニファー・ウェイナーの著書をこれまたユダヤ系のFOXの配給で映画化したものだから、その時点で観なくてもなんとなくユダヤ系の話だろうと察しがつく。ということで、知らなきゃ知らないで別にどうでもいいけど、知ってるとさらにデープに観れるこの映画のユダヤなポイントを挙げてみる。

まずは、キャメロン扮する主人公のマギーと姉のローズ。映画のはじめではこの二人の姉妹がユダヤだと匂わすものはなにも出て来ないのだが、そこでヒントになるのが彼女たちの意地悪な継母。この中年女性の嫌らしさたっぷりの継母には前夫とのあいだに自慢の娘マーシャがいる。そこでおお?とすると?とユダヤポイントが入る。このマーシャという名はユダヤに多いのだ。そして映画の中盤ではこのマーシャという娘は、実はJews for Jesus(ジューズ・フォー・ジーザス)といういわゆるユダヤ人をキリスト教に改宗させる新興宗教にはまって、母親はキリスト教に改宗されては困ると気が気ではない。もうこの時点でこの親子のユダヤ確定。つまりこのマーシャの母でありマギーとローズの継母もユダヤ人で、そのユダヤ女性と再婚したマギーとローズの実父も、おそらくユダヤ人だろうとなる。であれば彼の前妻もそうだろうし=マギーとローズたちもユダヤ人という簡単な芋づる式ユダヤ方程式。それをさらに確信づけるのが、シャーリー・マクレーン扮するマイアミの高級老人ホームに住んでいる彼女たちの母方の祖母エラだ。マイアミにはエラやその子供世代など、いわゆる「マイアミの裕福なユダヤ人」が多く、一般の人には手の届きそうもない設備の行き届いたこの高級老人ホームに住んでいるエラの友人たちもその容姿や名前、友人の下着にメノラー(燭台)がプリントされてる辺りのちょっとした会話からも、エラと彼女を取り巻く友人たちがユダヤ人だとわかる。

そしてもう一人の登場人物、マギーの姉ローズの同僚でローズの恋人となるマーク・フォイアスタイン扮するサイモン・スタイン。わははっ、この役名とあの風貌でもしユダヤ人じゃなかったら誰?ってなぐらい、紛れもなくユダヤ人。そんなマギーがラストシーンでサイモンに「ローズがハヴァナギラ(ユダヤの民謡)を歌う時はとっても怒ってる時よ」というあたりもさりげなく、結婚式の様子もマギー一家とスタイン一家がユダヤ系であることを伝えるには十分すぎる。

だが、そんなことを知らなければ単なるハリウッドコメディーとしてサラリと観れてしまうほど、この映画の最初から最後までユダヤ人特有のちょっとひねたユーモアやジェスチャーはほとんど見られず、ユダヤ社会を描いた映画としてはまったく物足らない。が、アメリカ社会のカケラとして一般向けな演出になっているあたり、まあ今のアメリカの世俗ユダヤ社会もこんなものかもな、というところでしょうか。原作がどうなのか気になるところではありますが。