カテゴリー: 月と太陽の傾き

2014年の年の暮れ。

京都という町で暮らすのは15、6年ぶりだった。

イスラエルとクロアチアという遠い異国にいたころは何度も何度も夢を見て、
望郷の念に駆られて、いつしか憧れの町になっていた。

帰国してまた暮らしはじめると、あれれ?ん?あれー?

戸惑いばかり。

20代のわたしが暮らしていた町は当然もうここにはなくて、すっかりウラシマタロ子。

ここでもやっぱり異邦人。

少しずつだけど、リハビリ。

やっとそんな期間も終えられそうな2014年の年の暮れ。

カテゴリー: 心と精神の浄化

ザグレブの片隅で。

そうしてザグレブの旅が終わりました。
なんだろう、これまでの人生できっといちばん意味深い旅だったかも。

もうこれが最後かも?いや、そんなこと決めなくても・・・こころゆらゆら揺れながら、小さなザグレブ空港から市内へとタクシーの窓から眺める道は、まるでこの数年間どこにも行かずそこにいたような不思議な、だけどごくごく日常的で当たり前の風景だった。

町の中の抜け道もレストランも、お店も、どこもかしこもからだはまだちゃんと正確に、でも時々少し危うげに覚えていた。昨日の朝もその前の日の午後もその道を歩いていたかのようで、ここにいなかったことがむしろ、とっても、パラレルワールド。ドラツのそばの行きつけだったレストランのウェイターも「うわー、久しぶりじゃないか!」と笑顔で話しかけてくれる。そしていまも友達だと言ってくれた人たちの大きなハグ。イェラチッチ広場のカフェで待ち合わせた従姉夫妻と、いつもみたいにお茶の後にピッツァを食べたあとの別れ際、「ファミリーなのに。せっかく帰って来たのに。また日本に行ってしまうの?」従姉の眼からははらはらと涙がこぼれた。

毎日がそんなシーンのくり返しの中で、重いアパートのドアを開ければ、くーしとたんたん、そして銀ちゃんが「あれ〜?どこ行ってたの?今日はちょっと遅かったね〜」。眠たそうに伸びをして、お出迎え。数年の時の流れなんて、まるで知らんぷり。

一週間という短いザグレブの滞在で、この町のあちこちに今も生きている自分のカケラに出会って、これからもいつだってここは自分の町なんだって自然に受け止めてゆく自分がいた。そうメッセージで伝えた東京の友人の「そんなのあたりまえじゃないー!いつだってそこはあなたの町だよ!」。いつも元気な彼女のそんな言葉にほろり、ザグレブの片隅で涙。そうして心はすーっと晴れて。

よし、またザグレブに戻ってこよう。以前のように住むことはきっともうないだろうけれど。だけど。家族と友人たちと、そしてなによりもくーしとたんたん、銀ちゃんにいつだってまた会いに来よう。ザグレブと、そしてクロアチアとの新しい章の幕開け。

p.s. おとんおかんとのドタバタ劇、そして「ああ、やっぱりここはクロアチア!」はまた次回。

カテゴリー: 月と太陽の傾き

ヒビコレコウジツ。

そうして2014年、12月。それぞれの事情、心情、都合、エトセトラエトセトラ。

ようやくもう一度ザグレブに行くタイミングがやって来て、とりあえずサクッと一週間ほど、残して来た膨大な荷物の整理、事務的なこと、そしてなによりもくーしとたんたん、そして銀ちゃん(彼はきっとわたしのことはもう忘れてしまっている)に会いに。

なんてことをサラリと母に伝えると、間髪入れず「私も行く!」。

実は母とはこれまでに三度、外国へ二人旅をしたことがある。初めては98年頃だったかしら。6月のイタリアを12日ほどローマやヴェニス、フィレンツェを。二度目はイスラエル。当時わたしはその国に住んでいて、母にとっては初めての中東異文化体験の旅だった。そして三度目もこれまた当時わたしが住んでいたニューヨークへ9.11後の冬の旅。どの旅も気楽にぶらぶら、気の向くままに。だってそれがおんな旅の醍醐味。

なので今回の不意打ちには一瞬驚いたものの「あー、でも遊びに行くわけじゃないけど?」「どんな町か見に行くだけだからいいの、いいの、てきとうにするから」「そ?んじゃ、そうしようか?」てな感じで、「え?お父さん?まさかー。行かないわよ。でもまあ一応ね」と母は穴ぐら(父の書斎をそう呼ぶ)から出て来た父を誘ったところ、「クロアチア?遠いな。じゃあ行ってらっしゃい、わたしは留守番しています」とめんどくさそうな返事が聞こえて来る・・・・はずが、なんと「えっ!それじゃあ私も!」とかなり乗り気で同行するとウキウキな父。・・・はふーん。どうなっちゃってるの???すべて気分次第、時間次第、なんて女の旅に、そんな非生産的な時間を過ごせない父が加わると、それは、それは、それは、それは、ほんとーーーに、しつこいようだけど、それはかなり大変だ。えらいこっちゃー。しかも彼は、厄介な難病の持ち主と来たもんだ。時間通りにサクサク行動しないとめっちゃくちゃストレスがたまるという。そして更に彼は天下無敵、確率95%以上を誇る雨オトコ。たまらん。ってか、住んでた時になぜ来ないのか、お父様お母様よ。

と、「ひとりでサクサクッ」から「片付けは両親のおもてなし&観光の合間、ほぼ悪天候の旅」へともう何しに行くのかわからないびっくり展開に、突如、あと2週間で決めなきゃならないことが山積みになった。飛行機はいいとして、まずはこの短時間での宿探し。ほぼお城のような広ーい空間でおのおのばらばらと暮らしている彼らが耐えられる広さの宿の確保。ってことはイェラチッチ広場前の一等地のホテル・ドゥブロヴィニクのスイートだって狭すぎる・・・。それにホテルはやれ朝食はカフェで何時までだと毎朝時間に追われるのも面倒だ。だったらキッチンつきのホリディアパート(たいていは1~3LDKの滞在型マンション)でのんびり過ごそうよ。とは思ったものの、ザグレブで、いやクロアチアのホリディアパートにはシャワーのみやバスタブがあってもシャワーカーテンがないものが多くて、「シャワーカーテン付きのバスタブ」を探すのが大変だ。しかも金沢ぐらいのこじんまりとした町の中心部限定で、仮に見つかってももう空室の可能性は少ない。だけど北海道並の真冬のザグレブで一週間以上お風呂がないなんて、きっと父には辛いはず。

さらにザグレブでわたしが用事をしている間、人と会っている間、クロアチア語はもとより片言の英語の彼らをどうしようか。せっかくの初クロアチアでザグレブ以外どこにも行かせないのも気が引ける。プリトヴィツェへの日帰りツアー?スロヴェニア???この季節、めっちゃ寒くない???あ、でも言葉ダメならわたしも行くのか???えーっ、そんなことでほんとに自分のことをすべて完了させる十分な時間はあるのか???相手はクロアチア、ものごとはサクサク進まない。

ぐーるぐーる。

わー。ひーっ。どーん。

その重圧から一気に寝込んでしまった。というのは大げさだけど。いや、でもちょっとほんと。

それから起き上がって一週間、ネットを駆使して徹夜して、ようやく宿を2軒確保し、飛行機を取り、こちらのスケジュールを組み、こまごましたリストを考え、はあーーーー。だいたいできた。というところで何かがプチッと弾けて、あとはもうしらん。どうにかなるでしょう。12月のザグレブは広場周辺にクリスマスマーケットやツリー、コンサート、華やいだ雰囲気で楽しいから、てきとうに彼らだけで行動してもらいましょ。ふたりで異国の町で道に迷ってもぜんぜんなにかわからない食べ物が出てきても、すべてきっとよい思い出になるでしょう。わたしももう両親とそんな旅はそうそうないだろうから、楽しんで来よう。

・・・。

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