カテゴリー: 勝手にレシピ備忘録

Chiffon Cake Recipe

<材料>
卵黄(LL)3個
卵白(LL)4個
サラダ油 30cc
水    40cc
砂糖   80g
薄力粉  75g

<用具>
ハンドミキサー
泡立て器(なければハンドミキサーの羽で代用)
ボール大、中1個
型20cm

<作り方>
ポイント:シフォンはメレンゲが決め手。固すぎず、柔らかすぎず、コシがあってきめ細かなメレンゲを作る。材料は予め量ってふるっておく。メレンゲを作るボール(卵白用)を冷やしておく。濡れた道具は使わない。オーブンを予め160℃に温めてオーブン内の温度を安定させておく。

① 薄力粉をふるっておく。

② 卵白と卵黄に分ける。卵白は大きめのボールに分ける。*その時卵黄が混ざらないように要注意(泡立ちにくくなる)。

③ 本来はここで卵黄で生地を作るが、ハンドミキサーが一個しかないので、先に卵白に取りかかる。ハンドミキサーの一番遅いスピードで卵白を泡立てはじめ、少し塩を加える。そして砂糖の1/3を数回に分けて加えながら、途中スピードを少し速め、またスローにして、ピンと角が立つまで泡立て続ける。ボールの中でメレンゲが動かないぐらいが目安。卵黄に取りかかる前にメレンゲを冷蔵庫に入れる。

④ 卵黄をほぐしてから残りの砂糖を加え、ハンドミキサーで卵黄がマヨネーズのようにもったり、白っぽくなるまで混ぜる。そこへサラダ油を加えて軽く混ぜ、次に水を加えてもう一度軽く混ぜる。

⑤ 薄力粉をふるいながら2回に分けて加え、泡立て器でとろりとなるまで混ぜる。*この時混ぜすぎると焼いている時に生地が重すぎて下に沈んでしまうので、混ぜすぎないように要注意。

⑥ 卵黄の生地にメレンゲの4/1ほどを加えて軽く混ぜ、もう一度少し足して混ぜる。

⑦ それを3回に分けてメレンゲに加え、ゴムベラ(なければしゃもじで代用)で下から「の」の字を書くようにして、メレンゲと生地がうまく混ざるようサッサッと手早く混ぜる。*ここで混ぜ過ぎはメレンゲの泡が消えてしまいうまく膨らまなくなるので厳禁。

⑧ 生地を型になるべく空気が入らないように少し高いところからゆっくりと流し込む。*一度に流し込むと大きな気泡ができ、焼き上がりに空洞が生じる。

⑨ 型をトントンと2回ほど軽く打ち付け、上がって来た気泡を箸などで潰す。*やりすぎると生地が沈む。

⑩ オーブンで30分ほど焼く。*焼き時間はオーブンによってちがって来るのでこれが目安。表面をそっと触ってみてシュワシュワしているようならばまだ焼けていない。竹串などで真ん中を刺してなにもついて来なければ焼けている。

⑪ 焼き上がったらすぐにそのまま逆さにして瓶の口に型の筒を刺して冷ます。*冷めないうちに型から外すと萎むので要注意。

⑫ 冷めたら型から外してできあがり。

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カテゴリー: 心と精神の浄化

啓蟄来たる。

眠れない夜たちの向こうには、かならず明るい朝日が昇って来るってこと。

そんな暗い夜がいくつも過ぎて、一つのピークに差し向かった。ぎゅぎゅーーーっと、あたまの中ですべてのこの街で「できないこと」を消去していったら、そこから可能性が見えて来た。あっけないほど簡単なことだった。

おかんの作ってくれた今日の夕食のすべてが気に入らなくてだだをこねたら、おかんは言うだろう。「そんなに気に入らないんだったら、自分で作りなさーい!!」お店に行った。探している物が見つからなかったら、「それじゃあ自分で作ればいいじゃない。」

そうなのだ、たったそれだけのことなのだ。できないから、ないから、ちがうからっていじけてちゃ先は繋がらない。ゼロからでいいじゃない、自分で納得する物を作って行けばいい。パッと明けて、未来展望の朝来たり。

この眠れない夜たちを体験して、オモシロいことに気がついた。エルサレム時代の知人にいつも不満ばかりの女性がいた。ノートパソコン1台買うのに4年ほども「ほんと、買わなきゃ」と言うだけで、一向に買う気配はない。家にそれがないために、彼女の生活は不便だったし、それをいつも周りにブツブツ不満がってはそのうち「またか・・・」と相手にされなくなっていた。

「なんでもいいから適当なもの買えばいいじゃない」と、何度に言っても”買えない理由”ばかり挙げて来る。ある時、あまりにもうんざりしたわたしに彼女が言った。

「だって、買ってしまったらもう不満が言えなくなるじゃない!」

彼女は至って本気だった。病気だと思った。パソコンを買ってしまえば、前進することは、その終わりを意味する。始まりではなくて。「かわいそうな自分」が好きすぎて、身動きが取れないのだ。だけど、眠れぬ夜を通り過ぎてわかったのは、つい先日までのわたしも似たようなものだったかもしれないってこと。以前から頂いている写真の個展の話も「やったところで、なに?なんの意味があるの?」とか拗ねていた。講義や仕事を頼まれても、”断る理由”ばかりを探していた。生まれて初めて味わった「かわいそうな自分」を愛でることの快感。「かわいそうな自分」はなぜかフシギと心地よくて、だからすべてを否定的に受け止め、そこにある可能性をシャットアウトする。

あー、あぶなかった。なんかいつの間にかそういうとこに陥るなあ、ここの生活。

でも。

精神的、啓蟄来たる。春近し。

カテゴリー: 心と精神の浄化

はじまりは古いカメラ。

「ぼくはアウシュヴィッツ」「私はベルゲン・ベルゼン」

腕に一生消えることのない番号が刺青されたそのおじさんたちは、青年の頃にホロコーストを体験した、今はもう数少ない悲しい歴史の生き証人たち。ユダヤ人クラブのカフェに毎朝やって来てカフェを飲んだり、コンピュータクラスに通ったり、そろそろ100歳に手が届きそうな彼らの姿勢に頭が下がる。

「古いカメラが好きなんだって?」そう笑って、アウシュヴィッツのおじさんは古いカメラを一台くれた。

それからワタシはシフォン・ケーキを焼くことにした。毎日ではないけれど、週に3回ほど夜中にごそごそシフォンを焼いて、翌朝にカフェに持って行く。そんな小さなことしかできないけれど、おじさんたちの笑顔が見られるならば、ちょっとでも彼らになにかが届くのならば。自己満足だっていい。なにもしないよりは小さなことでも続けていけばいい。きっとそれがなにかに繋がるから。

あまりにも保守的で変化を受け入れないこの街の空気に負け、方向を見失いそうな日々に、「夢を失うよりもかなしいことは、自分を信じてあげられないこと」そんな歌詞に、ちょっと、動かされた。また少しがんばんべ。

今夜のシフォンはいい具合に焼けたヨ。