カテゴリー: ユダヤ雑学

ユダヤ・ユーモア ラビの帽子

あるとても強い風が吹いていた日。ひとりのラビがシナゴーグへと歩いていると、突然とても激しい風が吹いて、ラビの頭の上に乗っていた毛皮のシュトレイム帽が吹き飛んでしまった。ラビは走ってその帽子を追いかけましたが、風がそれをコロコロと転がして、とても追いつくことはできませんでした。

One very windy day, a rabbi was on his way to the temple. Suddenly a strong gust of wind blew his streimel (fur hat) off his head. The rabbi ran after his hat but the wind was so strong it kept blowing his hat farther and farther away. He just couldn’t catch up with it.

その様子を見ていた体の引き締まった若者は、帽子を追いかけて捕まえると、そのラビに渡しました。するとラビはとてもよろこび、お礼の印としてその若者に20ドルを渡し、自分の手を若者の頭の上に置いて祈りを捧げました。若者はラビの気持ちがとてもうれしくなりました。

A young gentile man, witnessing this event and being more fit than the rabbi, ran after the hat and caught it. The young gentile man handed the hat over to the rabbi. The rabbi was so pleased and grateful that he gave the man twenty dollars, put his hand on the man’s head and blessed him. The young man was very excited about both the tip and the blessing.

若者はラビに頂いたお金を競馬で賭けてみることにしました。20ドルすべてを初めのレースにつぎ込み、レースがすべて終り家に戻るとそのレースのことを彼の父親に話しました。「5番目のレースの時にトップハット(シルクハット)って名前の馬が走ってたんだ。しかも大穴、倍率は100倍!

The young gentile decided to take his new found wealth to the racetrack. He bet the entire $20 on the first race that he could. After the races the young man returned home and recounted his very exciting day at the races to his father. ‘I arrived at the fifth race,’ said the young man.’I looked at the racing program and saw a horse by the name of ‘ Top Hat’ was running. The odds on this horse were 100 to 1. It was the longest shot in the field.’

ラビに帽子を拾ってあげてお祈りと20ドルをいただいて、トップハットって馬を第5レースで見つけた時、僕、これって神さまからのメッセージだと思ったんだ。それでもらった20ドルすべてをトップハットに賭けた。そしたらね、その馬ったらまったく勝つ見込みがなかったのに、5馬身で一番になったんだよ」

After saving the rabbi’s hat, having received the rabbi’s blessing, gotten the $20, and seeing ‘ Top Hat’ in the fifth race, I thought this was a message from God. So, I bet the entire 20 dollars on Top Hat.’ ‘An amazing thing happened. The horse that was the longest shot and who did not have the slightest chance to even show, came, in first by 5 lengths.’

「それじゃあがっぽり儲かったんだろう?」と父親が言いました。「ええっと、2000ドル。でもちょっと待って。まだその先があるんだ」若者が言いました。「その次のレースの予定表を見たんだ。そしたらステットソンが走るって。その馬は30倍。ステットソンも帽子だからまたラビのお祈りと帽子を思い出してね、さっきの賞金すべてを賭けることにしたんだ。」

‘You must have made a fortune,’ said the father. Well yes, $2000. But wait, it gets better,’ replied the son. ‘In the following race, I looked at the program. A horse by the name of ‘Stetson’ was running. The odds on the horse were 30 to 1′. Stetson being some kind of hat and again thinking of the rabbi’s blessing and his hat, I decided to bet all my winnings on this horse.’

興奮気味に「それでどうなった?」と父親が尋ねた。「ステットソンはロケットみたいな早さだったよ。それで今賞金は6万ドルにも膨れ上がった!」「おまえ、その賞金を持って帰って来たんだろうね?!」父親がさらに興奮して尋ねると「いいや」と若者は言った。「その次のレースですべてすっちゃったよ。とっても人気があるシャトーって馬が走ったから、それにすべて注ぎ込んだんだ。シャトーって、フランス語で帽子って意味だしさ。なのにその馬ってやつはさ、スタミナ切れでビリッケツだよ!」

‘What happened?’ asked the excited father. ‘Stetson came in like a rocket. Now I had $60,000!’ ‘Are you telling me you brought home all this money?’ asked his excited father. ‘No,’ said the son. ‘I lost it all on the next race. There was a horse in this race named ‘Chateau.’ So I decided to bet all the money on it because the horse was the heavy favorite and the name also means hat in
French. But the horse broke down and came in last.’

「この大バカ野郎!フランス語で帽子はシャッポだ、シャトーじゃない!おまえは自分の無知のせいですべてを失ったんだ。ひとつ聞かせてくれ、そのレースは誰が勝ったんだ?」父親は若者に尋ねた。「ええっと、日本の馬、ヤマルカって名前のね」

‘Hat in French is ‘Chapeau’ not ‘Chateau’ you moron,’ said the father.’You lost all of the money because of your ignorance. Tell me, what horse won the race? It was a long shot from Japan named ‘Yarmalka’ answered the son.

*ヤマルカ(Yamalka)=キパと呼ばれる信仰心のあるユダヤ人が頭に乗せている帽子のようなものをイディッシュ語でヤムルカという。

広告
カテゴリー: ユダヤ雑学

ユダヤ・ユーモア 結婚編

1:あるユダヤ女性がラビを訪ねてブネイ・ブラク(イスラエルのとある街)に行った。「ヤンケレとヨセレのふたりがわたしを好きだといいます」とラビに言った。ラビは「そのどちらが幸せ者ですか?」と尋ね、こう続けた。「ヤンケレがあなたと結婚するでしょうね。ということは、ヨセレが幸せ者ということですね」

2:もし既婚のユダヤ男性がひとりで公園を歩きなが独り言を叫んでいたとしたら、それでも彼が悪いのですか。

3:父が言った。「わたしたちと同じ信心を持つ娘と結婚しなさい」「父さん、なぜ僕のことをシュマック(大バカやろう)だって思う娘と結婚するわけ?」

4:結婚カウンセラーのアドバイス。「美男や美女とは結婚しない方がよいでしょう。別れようって言われるかもしれないでしょ。ま、でも醜い相手からでもそう切り出されることもありますね。だったらどっちでもいいんじゃないですか」

5:モリスは彼のラビにアドバイスを求めに行った。「ラビ、人が他人のミスから利益を得るのは間違っていますか?」「その通り。他人の過ちから利益を得てはなりません」ラビは答えた。「ほんとにほんとにだめですか?」「もちろんそういうことはいけません!」ラビは自信を持って答えた。「わかりましたよ、ラビ。あなたがそれほど確信を持って言うのなら、わたしと妻が結婚した時にお渡ししたお礼金の200ドル、返してもらえませんかね?」

6:ユダヤの格言。「ユダヤ人の妻は許し、忘れてくれる。しかし彼女は決してなにを許したのかを忘れることはない」

チカオノート:まだこういうのたくさんあるのですが、文化のちがうところのジョークって説明なしではわかりにくいことが多いのですね。が、結婚に関しては万国共通でしょうか(笑)。

カテゴリー: ユダヤ雑学

ユダヤ・ユーモア 悲観癖編

イタリア人が言った。「疲れて咽もカラッカラさー。さあ、ワイン、ワイン!」
フランス人が言った。「疲れて咽がカラッカラだね。こういう時はコニャックだね」
ロシア人が言った。「疲れて咽がカラッカラだなーも。ウォッカ飲むんだなーも」
ドイツ人が言った。「疲れて咽がカラカラです。こういう時はビールがよいでしょう」
メキシコ人が言った。「疲れて咽がカラッカラ〜。テキ〜ラが最高〜」
ユダヤ人が言った。「疲れて咽がカラッカラ。・・・俺って、糖尿病!?」

The Italian says, “I’m tired and thirsty. I must have wine.”
The Frenchman says, “I’m tired and thirsty. I must have cognac.”
The Russian says, “I’m tired and thirsty. I must have vodka.”
The German says, “I’m tired and thirsty. I must have beer.”
The Mexican says, “I’m tired and thirsty. I must have tequila.”
The Jew says, “I’m tired and thirsty. I must have diabetes.”

カテゴリー: ユダヤ雑学, 勝手にレコメンデーション

『レ・ミゼラブル 輝く光の中で』(1995年製作 仏)

12月4日にBSで観た映画。ひとこと、名作。これほどにも見応えがあり、かつ美しい作品があまりにも人知れずひっそりと、存在している。


(追記:歌 – LA CHANSON DES MISERABLES by Patricia Kaas)

『男と女』など数多くの作品を生み出しているクロード・ルルシュ監督、『気狂いピエロ』などフランスの名優ジャン・ポール・ベルモンド。

善と悪、なんていうと仰々しく他人事。それならば正と負でもいい。人はみんなその正と負を自分のなかに持つ。正常な人間には正だけもいなければ負だけの者もいない。自分の中の正と負と社会のそれと、みんなその合間を行ったり来たり、流されては流されてはならぬと模索しながら生きていく。今も昔も人間の本質にあるものは変わらない。

人の世の悲しさ、切なさ、欲望、失望、希望、未来、絆、が凝縮された174分。赤い腕章のドイツ軍将校の、息を飲むほどに鋭いピアノ(おそらくワーグナー)の旋律は彼らのあの歪みきった世界での揺るぎなき正。天使のように清い少女たちの奏でるピアノは夢と愛と希望の光、救い。1940年代のフランスでナチの手から逃れようとする裕福なユダヤ人一家とそこに関わる人々と、ヴィクトル・ユゴーのあの『レ・ミゼラブル』が交差する。逃走するユダヤ人一家を助けたジャン・バルジャンも、そして彼に絡む刑事もまた常に自らと社会の正と負の狭間を揺れ動く。刑事の自殺は彼自身の中の正が勝ったから?それとも負?逃亡中に騙され待ち伏せされナチの一斉射撃に倒れる社会的に負とされたユダヤ人たち。その銃撃を逃げ延びたユダヤ人一家の主人を助けた心やさしき農夫とその妻は、やがて人間の誰しもの中でわき起こる煩悩に翻弄され、それまで彼らが保っていた正は影を潜め、変わりに恐ろしいまでの欲という万人に潜む負に包み込まれ、ついには悲しき崩壊を迎える。

クロアチアのホロコーストに触れて以来わたしの中でテーマになっている「誰もがなりえる加害者への道」そうなること、ならないこと、そんなことなども改めてこの映像を通して考えさせられた。テーマがホロコーストだけに留まらないこの映画はこれまで観た映画の中でも群を抜いている作品にも関わらず、残念ながら日本ではDVDにもならず購入もレンタルも不可能(ビデオはあるみたいですが)。どなたかDVD録画、されませんでした?(笑。うちのはなぜか再生オンリー・・・)

(ちなみに本日のプチ雑学:監督ルルシュと逃げ延びたユダヤ人男を演じたミシェル・ブジュナーは共に実生活でユダヤ人。映画のシーンでは、逃亡しようと地下の倉庫に集まったユダヤ人たちの男性たちが一団となり壁に向かって祈りを捧げるところがあるが、ユダヤ人男性は毎日祈りを捧げることが義務づけられており、祈りを捧げる時はかつてユダヤの神殿があったエルサレムの方向に立って行う。まだ日暮れ前らしいので時間的にみてあのシーンはミンハ(午後)の祈りでしょうか。)

カテゴリー: ユダヤ雑学

ユダヤ映画アンケートの結果

先月の11月初めに行ったユダヤ映画のアンケートの結果をまとめてみました。

■ユダヤ映画に興味はある?
1:とてもある 46%
2:まあまあある 22%
3:特にない 22%
4:少しある 8%
5:まったくない 2%

■ユダヤ映画が上映されたら観に行く?
1:とても行きたい 39%
2:映画によっては行くかもしれない 28%
3:そもそも「ユダヤ映画」がどんなものなのかわからないから答えられない 12%
4:まあまあ行きたい 11%
5:暇があれば行ってもいい 11%

■映画と合わせてイベントがあるならどんなもの?
1:ユダヤの伝統的な食卓が味わえる 26%
2:ゲストによるユダヤ文化についての講演 21%
3:ユダヤ音楽のライブ 18%
4:生・正統派ユダヤ人に会える触れる話せる(笑) 17%
5:ユダヤの伝統的な工芸品の販売 12%
6:ゲストによるトークショー 6%
7:その他 1%

ユダヤをテーマに扱った映画に興味がある方が思ったよりも多かったので、うれしい驚きでした。今回参加してくださったみなさま、どうもありがとうございました。このようなアンケートをまたさせていただくこともあるとおもいます。みなさま、ぜひぜひご協力お願いいたします。

カテゴリー: ユダヤ雑学, 勝手にレコメンデーション

映画「in her shoes」にみるユダヤなポイント

久しぶりに、ブログに困った時のユダヤネタでも(笑)。

日本に来てからけっこうテレビを観る。BSがメインだけど、寄席や映画、世界の列車旅行、伝統工芸、コンサートなどなど、それほど洗練されていない文化圏のクロアチアではあまり感じられない幅広いチョイスがあってなかなかおもしろい。

先日は「in her shoes」を観た。

キャメロン・ディアス主演、2005年のコメディー映画で、まだ観たい人もいるだろうから内容は詳しく書かないけれど、アメリカのユダヤ人作家ジェニファー・ウェイナーの著書をこれまたユダヤ系のFOXの配給で映画化したものだから、その時点で観なくてもなんとなくユダヤ系の話だろうと察しがつく。ということで、知らなきゃ知らないで別にどうでもいいけど、知ってるとさらにデープに観れるこの映画のユダヤなポイントを挙げてみる。

まずは、キャメロン扮する主人公のマギーと姉のローズ。映画のはじめではこの二人の姉妹がユダヤだと匂わすものはなにも出て来ないのだが、そこでヒントになるのが彼女たちの意地悪な継母。この中年女性の嫌らしさたっぷりの継母には前夫とのあいだに自慢の娘マーシャがいる。そこでおお?とすると?とユダヤポイントが入る。このマーシャという名はユダヤに多いのだ。そして映画の中盤ではこのマーシャという娘は、実はJews for Jesus(ジューズ・フォー・ジーザス)といういわゆるユダヤ人をキリスト教に改宗させる新興宗教にはまって、母親はキリスト教に改宗されては困ると気が気ではない。もうこの時点でこの親子のユダヤ確定。つまりこのマーシャの母でありマギーとローズの継母もユダヤ人で、そのユダヤ女性と再婚したマギーとローズの実父も、おそらくユダヤ人だろうとなる。であれば彼の前妻もそうだろうし=マギーとローズたちもユダヤ人という簡単な芋づる式ユダヤ方程式。それをさらに確信づけるのが、シャーリー・マクレーン扮するマイアミの高級老人ホームに住んでいる彼女たちの母方の祖母エラだ。マイアミにはエラやその子供世代など、いわゆる「マイアミの裕福なユダヤ人」が多く、一般の人には手の届きそうもない設備の行き届いたこの高級老人ホームに住んでいるエラの友人たちもその容姿や名前、友人の下着にメノラー(燭台)がプリントされてる辺りのちょっとした会話からも、エラと彼女を取り巻く友人たちがユダヤ人だとわかる。

そしてもう一人の登場人物、マギーの姉ローズの同僚でローズの恋人となるマーク・フォイアスタイン扮するサイモン・スタイン。わははっ、この役名とあの風貌でもしユダヤ人じゃなかったら誰?ってなぐらい、紛れもなくユダヤ人。そんなマギーがラストシーンでサイモンに「ローズがハヴァナギラ(ユダヤの民謡)を歌う時はとっても怒ってる時よ」というあたりもさりげなく、結婚式の様子もマギー一家とスタイン一家がユダヤ系であることを伝えるには十分すぎる。

だが、そんなことを知らなければ単なるハリウッドコメディーとしてサラリと観れてしまうほど、この映画の最初から最後までユダヤ人特有のちょっとひねたユーモアやジェスチャーはほとんど見られず、ユダヤ社会を描いた映画としてはまったく物足らない。が、アメリカ社会のカケラとして一般向けな演出になっているあたり、まあ今のアメリカの世俗ユダヤ社会もこんなものかもな、というところでしょうか。原作がどうなのか気になるところではありますが。

カテゴリー: ユダヤ雑学

Once Upon a Time in…

なんだか頭の中が忙しくて。

疲れてベッドに入るとあれこれ思っていたことがブワーッとひとりでに話しはじめて、ブログに書こうと思うものの、それから起き出すのもなんだか眠れるタイミングを失いそうで。

久しぶりに好きな映画を観た。Once Upon a Time in America. あの物悲しげな曲と、限りなくロマンチックで切なくてゆっくりと丁寧に進んでいくフィルムは今では到底作れない。

舞台は1920年代、アメリカの禁酒時代のブルックリン。街並みのバックにウィリアムズバーグ橋が映っているので、舞台はロシアやリトアニア、ポーランドなどからのユダヤ移民が多く住んでいたウィリアムズバーグあたりなのだろう。そのユダヤ移民の子供たちがギャングとなっていく姿を描いた映画の冒頭では真っ黒な服を着たユダヤばかりのユダヤ人街も、映画の中の時代の移り変わりとともに変化してゆく。主人公たちの出入りする、いかにも欧州またはロシア系のユダヤ人街らしいマゲン・ダヴィッド(ダヴィデの星)が窓ガラスに描かれたレストランも、物語後半では窓のマゲン・ダヴィッドの上に「カシェル」とヘブライ語が加えられている。これほど美しく風格あるカシェルのレストランが実際にあったのだろうか。今までの実生活では見たことがないが、もし今もウィリアムズバーグの片隅にひっそりとあるのなら、そのドアを押してみたいと思わせる。

少年時代の主人公(大人になってからはデ・ニーロ)が恋する少女、そのレストランの娘、デヴォラ(ジェニファー・コネリー)も、ほんとうに美しい。バレリーナを目指してレストランの倉庫でひとり、蓄音機から流れるメロディーに舞う。と、おやっ?あの当時のウィリアムズバーグのユダヤ社会で、しかもハシディック家庭に見えるその一家の娘として、バレリーナになること、人前で踊ることは可能だった?映画だからか?そのおなじ街にも主人公たちのようなユダヤ・マフィアが実際にいたのだから、当然移民ユダヤ人のみながみな信仰ある者だったわけもないが、ペサハのシーンではみなが信仰ある人に見えるのはおもしろい。このあたり、もっと知ってみたい。いろいろツッコミ所もあるが、映画だからね。でもこんどI君にメールして聞いてみよう。ユダヤに興味があってもなくても
、アメリカの中の一種独特な移民たちの小さな世界、友情、哀愁、音楽が、これまたデ・ニーロのDeer Hunterとオーバーラップする名作ということは間違いない。


「メシュガ(またはムシュガ)(meshuga=狂ってる)」「シュマック(schmuck=アホなヤツ、ワ〜サイアク、)」なんていうイディッシュ語も。
街角の様子もすばらし。


ペサハの祭りのころのシーン。