カテゴリー: グロスマンを読みながら

「グロスマンを読みながら」更新

2004年から書いているイスラエルとパレスチナの問題についてのブログを更新しました。

今回わたしが書いたのは、先月の初めにマケドニアのオフリドで行われた宗教と和平の対話コンフェレンスで、イスラエルや米国、エジプト在住のムスリムとユダヤの5人の方々にイスラエルとパレスチナの和平への道について伺ったものをまとめたものです。なかなか日本語で知ることができない方々の意見ではないでしょうか。なので、今回はわたし個人の意見は控えました。それと、ちょうどこれを更新をした時にパレスチナ物資援助の船団に関する事件が起こり、それについてもTVなどのメディアとはまったく異なるアングルから書こうかと思いましたが、事件がまだ続きそうだったことなど、わたし自身もまだはっきり理解していない部分があったので今回は保留にしました。

以下、この問題について共同執筆をしている葉っぱの坑夫の大黒さんのレヴューです。

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■ さみだれ式連載・対話ブログ
 グロスマンを読みながら(対話への対話)
 テキスト:大桑千花、大黒和恵

「宗教と和平の対話」in マケドニア(2010.5.30/posted by 大桑)

今回の大桑さんのポストはマケドニアでのコンファレンスに参加して、そこで出会った立場や宗教の異なる人々から聞いた「イスラエル、パレスチナ問題」についてです。大桑さんが話を聞いたのは、ムスリムの人が2人、ユダヤ人が3人。ムスリムの一人はイスラエル人で、自分はアラブ人ではあるがパレスチナで暮らすなど考えられないと言っています。それはパレスチナの政治(政府)への長年の不信感や生活への不満から出てきているようです。多くの人が二つの独立した国家にわけることが、この問題の現実的な解決法と考えているのが印象的でした。それが現実的である、という現実感が日本に住むわたしには欠けていますが、それが理想であったとしても、二つに分けることそのこと自体とどのように分けるか、そのどちらもが想像もつかないくらい難事にも見えます。アラブ人とユダヤ人が共存できないとか、ムスリムとユダヤが相容れない、ということではないところにこの問題の真の難しさがあるのでしょうか。

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カテゴリー: グロスマンを読みながら

グロスマンを読みながら・更新

前回の昨年の10月末から、久々の更新です。

前回はDJのNaojiさんからいただいた質問への返答でしたが、
今回はそれに対するNaojiさんの返答と、
それに対するわたしからの返答です(ややこしい?)。

実は昨日一度更新したのですが、
なぜかうまくアップできず、今日になりました。

今回は今春欧州で行われたユーロヴィジョン2009のことなども交えて
読みやすくしてみましたので、
また興味のある方は読んでみてください。

グロスマンを読みながら(対話への対話)

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