カテゴリー: 心と精神の浄化

no title.

ちょっとした事件があっていろいろアレコレ書いてはみたものの、到底そんなものはここに載せられるわけもなく、また書き直した。けっきょく「書く」という行為によって心の整理をつけただけ。ま、そんなものですね。

富、名声、権力という病魔に取り憑かれたニンゲンほど見境なくどうしようもない生き物はいない。追い払っても追い払っても、台所に出没する黒光りした昆虫のように、墓場から蘇るゾンビのように、いくらでもわき上がって来る。

「なぜ災難は善人に降り掛かるのか」というラビ・ウェインバーグの講義がある。こう訳すとまるで仏教講話のようだが、慎ましやかに静かに暮らしている真面目な者には災難が降り掛かるが、私利私欲に生きる者はのうのうと肥り続ける、世の中の不条理。何千年も前の聖書時代にモーシェがすでにそのことに心悩ましていたという。しかし理論でいくらも語ることができても、それじゃあ実際にどうしたらいいのかとなると、ムズカシイ。

タイムリーにも(?)、今月の日曜3週に渡り、トールキンの『指輪物語』がテレビで放送された。悪と善、白と黒。ラストシーンでは単純にも、よし、ワタシもがんばって行こう!と感動してしまう、わかりやすい展開で、何度観ても好きな映画だ。

だけど実世界のワタシたちには、物語のようにここぞという場面で弓を放ってくれる不死身のエルフも、白い魔法使いのガンダルフもいない。悪を倒すその術も力もない。彼らにつける薬もない。だけど、ワタシたちは日々の小さなこと、そして社会的な善を行う術は知ってる。彼らに影響されることなく、指輪のパワーに支配されず、自分たちの住む世界を少し、今より良くしていくしかない。それがいつかきっと広がって行くと信じて。うん、簡単じゃないけど、でもできないことじゃない。

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