カテゴリー: 心と精神の浄化

どうか許してください。

わたしにはこれまで誰にも言えなかった、どうしても許してもらいたい一つの事柄がある。厳密に言えばこの人生での懺悔は一つどころではないが、その中でもこれだけはどうしてもなんとかしなければ死んでも死に切れない。

欧州を経由してエルサレムに移る前、京都でピタという名の茶色い猫と数年暮らしていた。出国にともない、ピタをいくらかの食事代とともに、当時一人暮らしをしていた友人のTちゃんに預けた。一年後には帰国する、また戻ったら彼女と暮らす、はずだった。

なのにわたしは一年が過ぎても、いつもピタのことを思いながらも、それでも日本には帰らなかった。その時「帰る」という選択は自分の中にはなかった。エルサレムでやってみる、それがなによりも先決だった。自分のことだけで精一杯の生活で、ピタを引き取る余裕などなく、住むところも仕事も明日のこともわからず、不安定な毎日だった。そして1年が過ぎた頃、静かなとある住宅街のAlfasiという通りに住んでいた頃だからおそらくそうだ、Tちゃんから一通のメールが届いた。「なにか大切なことを忘れていませんか」

その言葉に、ちゃんとTちゃんと会って話したかった。「わかりました」とTちゃんからメールでの返事があったのに、その後数年帰国しなかったわたしは、それっきりTちゃんとは連絡が途絶えてしまった。

それからまた一年が過ぎて、Ha Madorigotという、階段通りという名の車の入れない静かな通りに引っ越した。家の前には小さな公園があり、たくさんの猫たちがいた。ある日、ダウンタウンに行く途中、近くで一匹の茶色い子猫に出会った。彼が隠れていたそこを通るたびに大急ぎで、まるでわたしを見逃せないとせんばかりに飛び出して、鳴いて、後を追って来る小さな小さな子猫だった。母猫はいないようで、後日またそこを通るとまたその子猫が大急ぎで飛び出して来て、まるで助けてと訴えているようで胸が痛かった。帰り際、もしこの子がまた出て来たら、と心を決めた。案の定、帰り際もその子猫はわたしを母のように、後を追って鳴いた。少し大きくなるまでだよ、と家の玄関口の段ボールに住んでもらうことにした。

その子猫にはモルデハイ・カッツという立派な名前をつけた。でも普段は短くMo(モー)と呼んで育てた。だけどMoを完全に引き取ることはできなかった。それができるのなら、誰を差し置いてもまずピタだったからだ。他の猫を引き取って一緒に暮らすことはとてもできない。ピタがいる。だけどピタはまだ呼べない。そんな中途半端な状況で、けっきょくMoにもかわいそうなことをしてしまった。

そして月日が流れ、数年が過ぎ、その後何度か日本に帰ったものの、Tちゃんに連絡はしなかった。彼女からも連絡はなかった。そして十年が過ぎ、それからまた数年が過ぎてしまった。その間、何度かTちゃんと連絡をとる方法を考えなかったわけではないが、今もしピタが元気なら16、7歳ぐらいだろうか。ひょっとするともういないのかもしれない。でもどこかでピタが誰かに愛され元気でいるのなら。幸せに食べることに困ることなく、温かい誰かの膝の上で彼女が一生を終えられたのならば。ただただそれだけが願い。それ以上、なにを願えばいいのか。いまさらどんな顔をして会えるというのか。そう、「今さら」なのだ。Tちゃんにしても、ピタにしても。いまさらなんなの。なのだ。どう言葉を並べてもそれはこちらの勝手な都合でしかない。

いま、ここまで書いて、思わず嗚咽するわたしをたんたんが傍で見つめています。エルサレムの枯れたオリーブの木の下に捨てられていた彼女とくーしに出会ったとき、ピタを想い、迷いました。だけど、今度こそは償わさせて欲しいと、彼女とくーしが今ここにいます。彼女とくーしに接するとき、いつもそこにピタがいます。にゃーというあの柔らかい声。あの仕草。あの短いしっぽ。まん丸の寝姿。

Tちゃん、ごめんなさい。あなたにもあなたの人生があったのに、きっと長いあいだ迷惑をかけることになってしまいました。あなたに甘えて切ってしまったわたしをどうか許してください。ピタちゃん、ごめんなさい。大好きだよ。あなたを迎えに行かなかった、行けなかったわたしを許してください。そしてモルデハイ・カッツ、やさしい君が大好きだったよ。最後に君を見たのはあの夜だったね。たくさんの猫が月夜の下にいた。君は今もエルサレムで、階段通りを元気に駆け上がっていますか?君のことも忘れたことはないよ。どうか、許してください。

広告