カテゴリー: 心と精神の浄化

またしばらくは。

動物の肉を口にできそうもない。

ザグレブの畜産農家で牛を一頭、屠殺した。
といっても自分の手を下したわけではないけれど、
年に一度ほど友人が牛を屠殺する機会がある。
去年は一生に一度はその過程を見ておいたほうがいいかとしばらく考えた上、
到底そのショックに勝てそうもないからヤメておいた。
屠殺から戻った友人から
その選ばれた牛は自らの危機に逃げ惑ったと聞いて、
しばらくはなんとも言えない気持ちだった。

今年はその日の午後に牛タンをいただいた。
それが迂闊だったと知ったのは、
牛の舌はそのままでは食べられず、
舌の皮を剥がないければならないらしい、
そう食卓の上ビニール袋に入った肉の塊を前に聞いてから。

自分でするのか・・・。

しばらく遠巻きにそれを眺め、
それから覚悟を決めてその塊を袋から
恐る恐る取り出そうとした。

・・・むにっ。

うわっ!
ビニールの上から触れた途端、
思わず手を引っ込めた。

それは生温かかった。
体温がそこに、まだ十分感じられるほど、残っていた。

そりゃそうだ、
さっきまでなんらわたしと変わらず
心臓が動き、息をし、牧地を歩いていたのだから。

途端に吐き気に襲われた。

食べるということは、
いのちをもらうとはこういうことなのか。
目の前に殺されて解体された牛が、
赤い血がちらつく。

テレビのグロテスクなグルメ番組なんてなものはやめたらいい。
それよりも、
実際に子供たちに生きている牛を、豚を、鶏に触れさせる機会を作ればいい。
そしてそれらを口にすることは
どんなに感謝しても足りることなどないのだと教えたらいい。

少しは理不尽でお気軽な殺人事件も減るかもしれない。

またとうぶん菜食になりそう。
もうこうしていのちをもらってまで肉を口にするのは辛すぎる。
次は魚だな。最小限に留めよう。

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