カテゴリー: 月と太陽の傾き

祖母の一周忌。

祖母が他界してもう一年が過ぎようとしている。早い・・・。ほんの数ヶ月前のできごとのようでいて、でももっとずっとずっと前のことのようでもある。

たとえば、トラムに乗っていて、なぜか急に祖母を思い出し、ぽろぽろ涙があふれたり、『西の魔女が死んだ』を読み終えた途端、わーっと祖母が恋しくて泣いたりした。だけど今はちょっと胸が痛むぐらいで、涙がこぼれることはない。

あれから一年かかって、ようやく短い祖母の本を作った。もちろん、家族だけのために。ほんの70ページもあるかないかの短い本なのに、それはけっして楽しい作業ではなかった。のろのろのろのろ、かたつむりのようにしか進まず、できればこのままやめてしまおうかな、なんて何度も思ったり。それで気がついたら祖母の一周忌が目の前で、ここでカタチにしなければ「作るから」と去年の秋に言っておいてこんなに待たせた母にも申し訳なく(おそらく彼女はもうすっかり忘れてる・・・)、ようやく近づいた絶対的〆切になんとか決心した、そんな感じ。

最初はそれは母のために、と思ったけれど、母はわたしなんかよりも十分すぎるほど祖母のことを知っている。思い出もたくさんある。わたしも孫としてたくさんの思い出がある。なのでわざわざこんなちっぽけな本などいらない。だけど、祖母のひ孫で今年で10歳になった甥っ子と、90を過ぎた生前の祖母とのあいだにほとんど接点はなかったように思う。ときどき一緒にホームに祖母に会いに行くと、彼はその年老いた人をちょっと遠くから眺めている、そんな感じだった。だから、この本は甥に残すことにした。彼がやがて大きくなって大人になって、彼の祖父母(わたしの両親)も他界し、わたしも日本には帰ることもなくなって、ふと彼が私たち家族のことを思い出したり、自分がどこから来たのか知りたくなったとき、あったらいいな、そう思って。それぐらいしか、遠くからはしてあげられないのが申し訳ない。

祖母が去った後の家から出て来た、美しい着物を着た幼女の祖母、女優さんのように美しい若かりし頃の彼女のモノクローム写真、わたしが生まれるずっとずっと前に亡くなってしまった祖母の夫の写真、彼の描いた絵。彼女が大切にとっておいてくれたわたしたちが子供だった頃の写真、そんなものを繋ぎあわせて、ちょこっとだけ文章を添えて、ようやく一周忌を前に実家に届けられる。一枚だけ、わたしが一昨年だったかに撮った菜の花畑の祖母の写真を添えて。もっとそばにいられたら。もっとたくさん撮りたかった。ほかにも祖母の家の片付けの様子や彼女の愛用していたものなんかの写真などがあるともっとよかったのだけど、家の片付けの最中はそんなことしている余裕なんてなかったから。ちょっと残念。今だったらもっとちがう写真を入れれただろうなあ。

他界してからの祖母は、いつもにこにこ、笑っている。

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