カテゴリー: 月と太陽の傾き

ホームシックにかかるとき

日本にいたら観すごしてしまったかもしれない。だけど、クロアチア・ライフは基本、一期一会。出会いはスローモーション。なんのこっちゃ。

先週の金曜から三夜にわたり現代美術館にて公演された、江戸系あやつり人形結城座の『宦官提督の末裔』をその最終日に観劇させてもらった。結城座の方々と客演に花組芝居の加納幸和座長をむかえてくり広げられたその、ああ、美しきかな日本の芝居舞台、紙吹雪、伝統芸。YouTubeなんかじゃない、DVDなんかでもない日本語の肉声、すぐそこで感じる俳優たちの吐息、匂い。まるで大阪のどこかのシアターにいるような、そんな夢のような錯覚に酔いしれた時間はあっという間に過ぎ去って、現実をバスで帰路に着く。

「すみません、日本の方ですか?」ちょっと小声で、バスの中。同じ美術館前から乗車し、わたしの前の座席に腰掛けた50代であろう日本の男性の肩越しに、意を決して試みたクロアチアに引っ越してからはじめての「アナタ、ニホンジンデスカ〜?」逆ナンパ(ウソウソ)。なんていうか、懐かしい雰囲気の、そうね、ちょっとアカデミックな香りが漂っていたからかも。

「おお、びっくりした」と、笑顔で振り向かれたその方は、今回の欧州公演の関係者さんで、芝居の原作を翻訳された方だという。「ザグレブにはお仕事でですか?」とわたしに向けられた質問に「えーっと、はい、その、物書きの端くれの・・・そのまた端くれ。・・・のまた端くれ、デス・・・・」と、どんどん小声で、しっちゃかめっちゃか、いったいどこまで落ちてくのよ、自分。いつになったらパーンッと胸を張り「わたくし、こういう者でございます!」と自信に満ちた大人になれるのか。あー、このままじゃ一生無理なような気がする(ほぼ確定)。というか、けっして自嘲しているわけじゃないけれど、本を書いたつもりが恥をかき、写真は邪心じゃないだけが救いなり。しかも明日にだってまったく別の道を歩きはじめるかもしれない心もとなささ。なーんて、 こういう状況では情けないほど戸惑っちゃたりする、と、まあ、いつものパターンに陥りつつ、ザグレブ駅でそのちょっとダンディな翻訳さんとはお別れをし、家の玄関をくぐると・・・あー、ニホンカエリタイー・・・。欧米では見つからない日本の人の笑顔や素朴さ優しさ、そんな愛しいものたちに触れたばかりに、どーん、 望郷、ホームシック。

ホームシックになるとき。おもしろいもので、同じザグレブに住む日本の人と出会ったり話したりしても、まったくホームシックには陥らない。日本を恋しく思うこともまったくない。なのに、日本からの現地直送ブツに出会ってしまったらもう直球ど真ん中。ちょっとした出会いに胸が熱くなり、忘れていたこゝろの奥に押しやっていたなにかが溢れ出て来る。

帰宅後、駅でお別れしたダンディーさんは松井憲太郎さんという世田谷パフリックシアターのプロデューサーさんだったとわかり、いやー、納得。そりゃ、ザグレブにはいてはらへんキリッとタイプな訳だ(いや、ザグレブにもまったくいてはらへんわけではないが・・・)。なんてひとり、へーとかほーとか言いながらメールをチェックすると、ちょっとボロボロな昨夜のわたしがいちばんうれしくなるような、やさしくあり難い言葉と著書の感想をメールで送ってくださった方がいて、よーし、またがんばろうって思えちゃったりした、なんだか上がったり下がったりのジェットコースターな夜だった。あしたもがんばろー。えいえい。

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