カテゴリー: ホロコースト

もういちどはじめから

クロアチアに春が来て夏が来ると気が重くなる。そう以前このブログでちらりと触れた。ホロコースト(ヒトラーにより欧州で組織的に行われた、ユダヤ人の抹殺を目的とした大量殺戮)の犠牲者への追悼式典がいくつか国内にて行われる季節だから。

1945年の沖縄の慶良間諸島の小さな島でのできごとを取り上げた日本の番組をyoutubeで観た。もう一度考えさせられた。その同じ時代に、沖縄から遠く離れた欧州でおきていた、もうひとつの、塗り替えられてもう忘れ去られてゆくだけのホロコースト。

今はもう世界地図から消えてしまったユーゴスラヴィアという国で、未だホロコーストという過去を胸に秘めて生きているひとたち。彼らの話しをまとめてカタチにして、だから?それで?腑に落ちない現在のホロコースト教育の意義やその他諸々の理由で、ここしばらく迷ったまま、ぶれたまま、見失ったまま、だった。

ただ欧州でそういうことがあったんだと、そういう体験をしたひとたち、彼ら自らの語りを日本語で日本のひとたちに伝える。いいじゃない、ひょっとしたらそれだけでもなにかの意味が意義があるかもしれない、いや、なにもないかもしれない。先は、わからない。やってみなければわからない。先なんて、わからなくていい。

また、来週ひとつ、重い日がめぐってくる。今年はもう行かないでおこうかとも思っていたが、やはり行こうと思う。一年前、一緒にバスに揺られて行ったあのおじいさんはもういない。現世を終られた。わたしが迷っているあいだに、彼のはなしを聞けないままに。

もう一度、はじめからやり直してみようと思う。

IMG_3138
(イスラエル政府による、戦時中にユダヤ人の少女を救ったとある故尼僧への名誉勲章と感謝状寄贈式典にて)

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もういちどはじめから” への10件のフィードバック

  1. うん ぜひ お願いします。
    イスラエルとクロアチアで暮らしたあなたでなければ語れないストーリーを。

    1. Eijiさん。

      はいー、背中押し、ありがとうございます。
      どれくらいかかるかわかりませんが、もう一度やってみようと思います。

  2. 僕がとても若かった頃に読んだ[トレブリンカ]でホロコーストの具体的な事を知ったんよ。
    貨車に積まれてきた人達が、最初に出くわす試練が男性はスコップで殴られる事なんだって、こんな不条理が事実だったなんて。
    日本からは あまりに遠い地での出来事、chikaちゃんの報告しか他に知る機会がないのと違うかな?

    1. かっちゃん。

      そうですか、そういった本はあってもいいんですね。
      いや、あったほうがいいのかな。
      がんばってみます。
      どうもありがとう、かっちゃん。

  3. ちかさんにとっては、とても辛くて、重い、大変なお仕事でしょうが、、、ホロコーストで亡くなられた何百万の人達のためにも是非、是非、完成させて下さい。いつまでも待っています。
    「夏草や 名も無き人の
    無念かな」

    1. うめさん。

      そうですね、「楽しい」と言えるような仕事ではないですね。
      いつまでかかるかわかりませんし、
      どういう形になるのかもまだわかりませんが、
      でももう一度、やってみようと思います。
      応援、ありがとうございました!

  4. 私が巡礼で祈りをささげた教会も、そこに祈りに来ていた人々も、
    一つの国だった頃の絆も、何もかも押し流されて変化しているだろうけれど、
    きっとまだ、変わらないもの、心の奥底に残っているもの、
    忘れられないこと、様々な出来事があるはず。

    知ること、聞くことは楽しいばかりではなく勇気がいること。
    どうぞ、許す限り、今思っていることを。

    1. 寧夢さん。

      そうですね、変わらないものはないですね。
      独立後の国の変化、
      人々の変化、
      街の変化、
      いろんな変化があって、
      それがよい方に向かっているのかどうなのか。
      難しいところです。

      知ることは勇気がいること、
      その通りですね。
      お言葉、どうもありがとうございます。
      こんな調子ですが、がんばりま〜す。

  5. クロアチアのヤセノヴァツを検索してみたら、
    誰もが知っているアウシュビッツと
    何ら遜色無く恐ろしい写真ばかり、
    気軽に行ってみよう、なんで思っていたけど、
    エルサレムのヤド・ビシェムの記憶が反芻して、
    直視する勇気が無くなってしまいました。 

    ザグレブのjelacic広場附近にも、
    昔はシナゴーグがあったんですよね?
    今は跡地にヘブライ語表記のプレートが
    掛かっているだけでしたっけ・・・。
    こう考えると、クロアチアにも、
    ホロコーストの傷跡が残っているんですね。

    現地に居なければ感じ取れない想いを、
    日本にも伝えて頂きたいと個人的に思っています。 

    1. tomoさん。

      こんにちは。
      ああ、そうですね、かなり恐ろしい写真や
      youtubeなんかでも二度と観たくないようなビデオが出て来ますね。
      現在あそこの跡地はどーーーってことない原っぱですが。

      ザグレブの戦前のシナゴーグ、はい、今は駐車場になってます。
      そこに大きくて立派なシナゴーグがあったんですよ。
      破壊される経過を撮った写真も残っていますよ。
      あの周辺の建物の多くもユダヤ人の持ち物だったので、
      戦争中に没収され、戦後生き延びたり帰還した人たちに返還するべきですが、
      未だに返還されず、事実上没収されたまま、または他人の手に渡ってしまった、
      そんな状況です。

      >現地に居なければ感じ取れない想いを、
      日本にも伝えて頂きたいと個人的に思っています。

      はい、そうなのかもしれないですね。
      もう一度がんばってみます。
      ありがとうございます!

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