カテゴリー: ホロコースト

ひとつのおわり


イングランド対クロアチアのサッカー戦の今夜、街は静まり返り、みんなテレビに釘付け。だけど試合終了とともに負けたの勝ったの、いずれにしても大騒ぎのサポーターたちで、街は泥酔いとなる。どうもベッカムがうちのすぐそばのホテルに泊まっているらしい。ベッカムか、気怠さか、カメラ片手にパパラッチ気分でもと思うものの、ベッカム相手ですら、当然、気怠さの圧勝。

ヤキツェが死んだ。

戦時中のホロコーストにおいて、悪名高き収容所ヤセノヴァツを生き、そしてここ何年かはザグレブの老人ホームで仲間たちと元気に過ごしていた。詳しいはなしはわからないが、先日の手術後の経過がどうもよくなかったようだ。

死って、ふしぎなものだ。彼の80年近い一生が、現世での肉体の死というものによって、その瞬間に、すべてがふわふわ実体のないものとなる。そして残されたわたしたちは、彼の日記に、ジャケットに、靴に、住んでいた部屋に、ひとりの人が生きた証を、しかしまるで夢でもみたかのようにふしぎな思いで見つめる。

今このブログを書いているコンピュータに、一枚だけ彼の写真を見つけた。今年の6月、クロアチア東部のジャコヴォで行われたホロコースト追悼会にみんなで行ったときの、こぼれんばかりの笑顔の彼。あの時、なぜかわたしはその瞬間を残したかったのを覚えている。おかげでここに、あの日と変わらず彼が存在する。ジャコヴォへ向かう遠足さながらの、ジョークとキャンディーが飛び交うバスの中で、ほら、飲んでごらんよ、って、アメリカ映画なんかに出て来そうなおしりのポケットの薄い容器に入った、アルコール度の高そうなラキアをにっこりと差し出したっけ。そんな小さなことが、わたしの中で今も生きている。

ホロコーストを生きた彼の一生がどんなものだったのかはわからない。だけど、今、きっと彼は、長く、だけどあっという間に過ぎ去った現世にようやく幕をおろせて、ほっとしているにちがいない。でもひょっとしたら、まだまだ元気でこの世にいたかったのかもしれない。

お疲れさまでした。また、きっと会いましょう。短い間だったけど、どうもありがとう。

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