カテゴリー: 月と太陽の傾き

ザグレブの夜の演奏会に思う

昨日はヨーロッパの30か国で「ヨーロッパ ユダヤ文化の日(European Day of Jewish Culture)」。この日は毎年テーマがあるのですが、今年のテーマはユダヤ音楽。

この記念日(と言っていいのか?)の催し物としてザグレブでは、昨日書いたジュダイカ・コレクションのオープニングがあったのだが、結局そこには顔を出さず、夜9時から行われたクレズマー音楽のコンサートにだけいって来た。

のだが、一時間もいただろうか。なんだかおもーく堪えられなくなって、途中で出て来てしまった。このことについて今はまだあまり上手くまとめられそうもないのだが、そのステージから流れて来る音楽を聴いている間、ぐるぐるぐるぐる、疑問の波が押し寄せては押し寄せて、また押し寄せて。

クレズマーでもイディッシュ音楽でも、いわゆる戦前のユダヤ社会、戦後滅亡してしまったその文化と社会の音楽、かつてこれらの音楽はこの欧州で生きていた。今はもう失われてしまったユダヤ社会で、かつてそこに生きていた人たちが歌い、踊り、人生を表現したものだったはずだ。わたしのなかでとても特別な思いがある「ハシディック ウェディング ダンス」という曲がある。昨夜その曲も演奏されたのだが、バイオリンとクラリネットが奏でるその音を聴いていて、とても胸が押しつぶされそうだった。かつてはどこかのユダヤの村、町の結婚式で楽団が人々に混ざりあってこの曲を弾き、人生のスタート地点にたつ若い二人の門出を、心からの祝福と歓びとちょっとの悲しみを胸に人々は踊ったのであろう。

しかし、今はこうして、ステージという舞台に分けられ、お年寄りが静かに座って聴いているだけだ。若者の姿はない。演奏者たちのテクニークはとてもよかったが、ソウル、その曲の息吹がもうどうにも死んでいたのである。若い演奏者たちは、そのイディッシュ文化(イディッシュとはユダヤという意味)を知らない。触れたこともなければそこにあった生を感じたことも見たことない。

博物館のステージの上で奏でられる、もう生きてはいない、そして生きていけないユダヤの音楽。そんな現在のクレズマーやイディッシュ音楽はいったい誰のため、なんのためなのだろうか、お年寄りが古きよき時代を懐かしむだけのものなのか。絶えゆく文化と伝統と社会。しかしそれはなにもユダヤ社会だけではないのかもしれない。ヨーロッパでもかつての結婚形式や家庭、家族というものはもう崩壊しつつあり、それは日本やアメリカでも同じなのかもしれない。そう思うとなぜか「はあーっ」とため息が出て、どうしようもない夜だったのである。ああ、やっぱり今日は(も)うまくまとまらないや。

写真はビアンカママのとろとろキャロット。クロアチアのにんじん、驚くほど甘いです。ビアンカママが作ってくれる甘いキャロット、レシピを聞いて作ってみました。

備忘録レシピ:
①にんじん 好きな量を皮をむいて一口サイズに小さく切る
②なべにオリーブオイルを少量(こちらの「少量」は大さじ一杯分ほど・笑)に、
にんじんの上ひたひたにかぶるくらい水を加える。
③クロアチアの家庭には必ずあるであろうベゲタのベジタブル・スープストックを少々加え、
ゆっくりにんじんが柔らかくなるまで煮る。
④水で溶いた小麦粉をとろみとして最後に混ぜ合わせ、数分煮込む。

むっちゃ簡単で、だけどのどが痛いほどむっちゃ甘くて美味しい。パスタにかけてもこれまた驚くほどイケマス。クロアチア以外で作る場合は、オーガニックのにんじんでやってみると甘いはず。

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