カテゴリー: 死海のお話

time travel

嘆きの壁とニホンゴでは呼ばれているThe Western Wall。西の壁、という意味だが、わたしはこの表現のほうが好きだ。西の壁とは、かつてあの場所に建っていたユダヤの神殿の西の壁のことをいう。ここで はそのながーい歴史については書くつもりなしなので、思いきってぜんぶ割愛。

約一時間半ほど、狭い岩の間のトンネルをひたすら歩く。個人で は入れないので、ガイドつきのツアーグループとなる。写真一本にすべきかビデオにすべきか迷ったが、以前訪れたときも思ったが実際に入ってみると、写真だ けではなく動きのあるもののほうがよいと思った。ただ、行動と時間の限られたツアーなので、ヨーイドン、一本勝負。撮り直ししている時間がない。ビデオを まわし、止めて、急いで写真も撮る。もたもたしている時間はなく、先を歩くグループの人はすでに先にどんどん進んでいる・・・。まあ一本道だから迷いはし ないが。ガイドはわたしの今回の目的を理解してくれていたので、少々遅れてついて来ても大丈夫だった。

ムービーの最後に登場するのだが、ト ンネルのはじめに巨大な一枚岩がある。世界でも最大のものだそうだ。果たしてどうしてここに運んで来たのか、未だにすべては謎のまま。イスラエルには世界 最大や世界でたった一つというものがけっこうあったりするのだ。岩の間の細いトンネルを歩いてくと、かつて神殿へと続いていた道の入り口、ヘロデ王の町の 名残、柱や民家の窓、マーケットへの道などに出会う。

2000年以上も昔に触れる。そこには確かに町があり、人が住み、祈りがあった。

そして神殿は焼かれ、そこには黄金のドームが建ち、その町はもう消えてなくなった。すべてが時代に押し出されすっかり様変わりしてしまったが、それでも今もそこに祈りはあるのだ。

は じめてこのタイムトンネルを歩いたとき、神殿で最も聖なる場所だった The Holy of Holies にいちばん近いという所に着いた時、グループの一人である若いユダヤ男性が「ここの向こうに・・・!」と声を詰まらせ、涙しながら祈ったのを覚えている。 今回も同じ場所で数人がじっと目を伏せ、トンネルで小さく祈りの声が聴こえた。

トンネルを抜けると、ビアドロローザに出た。もうすっかりあ たりは日が暮れ、お使いの袋を下げて自転車で駆け抜けるアラブ少年や、ガードのユダヤ人の話し声。いつもの日常があった。そしてパラパラと夏の終わりを告 げる初雨が降りはじめ、人々は慌てて軒下に走る。わたしも濡れないように休んでは歩き、歩いては休みし、旧市街をあとにした。

trip on 17/Oct.2007

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