カテゴリー: 死海のお話

why project if

ある日、エルサレムの自宅でみるともなしにテレビをみていた。イスラエルやシリア、ヨルダンに水を運ぶヨルダン川のクライシスがどうしたこうしたという番組だった。ヨルダン川の水が農産業に使用され、または不法に盗まれ、水汚染も激しく、川は瀕死であると。

イ スラエルの東北に流れるこのヨルダン川は何度か訪れたことがあるが、いずれもハイキングや水遊びだった。真夏でも氷のような冷水が流れ、アラブ人、ユダヤ 人、ともにそこに憩いに訪れる人は多い。 ヨルダン川の水問題の影響は川だけではなく、その水が流れ込む死海にもかなりの影響を及ぼしているのだそうだ。20世紀の中頃から死海の水位低下が知られ るようになり、たしかにここ数年でもおや?と思うことがある。さらには、このままではあと50〜100年後には死海の水は干上がってしまうのではないかと いう説があちこちで聞かれる。

2007年、9月末に死海を訪れた時、実際に自分の目の前にその事実を見たような気がした。以前は道路からす ぐだった水辺はずっと遠くなり、土壌が緩みあちこち陥没している。以前ではそれほど気にならなかったが、うっそうと草(葦)が生い茂っているところもかな り目についた。そして2000年あたりから、あっという間に南部のエイン・ボケックは、シェラトンやクラウン・プラザなどが建ち並び、 世界中から観光客が訪れるリゾートホテル街となった。もちろんどのホテル内にも、 死海の水や泥によるエステやスパなどがある。世界的な死海製品の流通などに加え、そういうことも少なからず影響しているのかもしれない。

こ れからの10年、20年で、死海はどうなるのだろう。わたしはどこかの組織団体に属す者でもなければ、巨額の個人資産があるわけでもない。そんな一個人に 世界を指一本で動かし死海を救う大きな力はない。しかし、死海から一時間ほどのエルサレムに住み、死海のほとりをいくども訪れた者として、この世界でも稀 な幻のような塩の芸術のゆく先がどうも気になるのだ。

10 年、20年、その先、自分がどこでなにをしているかはまったくわからない。数ヶ月先のことだって、突き詰めれば明日だってわからない。しかし、今、ここ、 エルサレムにいる。そんなひとりの人間のできることをなにかはじめてみようと思った。欲をいえば、はじめて死海を訪ねた頃からの記録があれば、もうふた昔 分ほどの記録になっていたのが少々残念だが。若い時には10年なんて、そんな気の遠くなるような先のこと。それが混沌としたエルサレムに住みはじめて時間 の過ぎ去るスピードに驚愕し、10年なんて短い昼寝から目覚めたようなもの。あっという間に過ぎ去る。そんなことなどもこのプロジェクトを思いついたきっ かけになった。

project if の「if」 は、もしかして、もしかすると、もしなにかができたら、もし死海が消え失せたら消え失せなかったら・・・。様々なことについて「if」の持つ未来性、可能 性、そこから生まれる意識、そんな意味を込めてみた。このプロジェクトでは死海の問題を通して、できるだけ自由に自分の身近な意識を、2017年10月ま で記録してゆきたい。

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