カテゴリー: 混沌の文化

願い

8月はいろいろと忙しかったのですが、仕事と夏休みをかねて、ヨーロッパに少し滞在していました。ちょうど、今回のレバノンとの停戦をする前あたりでしょうか。この中東の状況を、新聞など外国のメディアで見るというのは、なかなかおもしろかった。

なんというか、いまさらではないけれど、メディアの嘘が状況をさらに悪化させるとでもいうか、白々しいというか。いかにも「ああ、やらせだなあ」と思う映像が、まるで事実のように流れている。インターネットでも、そういったやらせ映像を取り上げているウェブなどもあるのですが、日本ではなかなか知りようもない。

たとえば、こっちで「このひどさを見ろ!」と訴えていた男性が、むこうの写真では死体を演じている。レバノンで泣いてるこのおばちゃんは、数ヶ月前にはガザで泣いていたよなあ。『黄金のドームのそばでパレスチナ人を虐待するイスラエル兵』という写真をよく見れば、道路標識が立っている。でも実際には、あそこにそんなものが一切あるわけがない。ってな感じで、以前も書いたことがあるのですが、『石を投げるパレスチナの少年たち』は、もう誰もが知っているやらせの代表的なものだったりと、報道をそのまま信じるわけには行かない世の中。

この背景にある簡単な理由のひとつは、国やメディアが「わが国(またはメディア)は親イスラエルだ」と表明すれば、アラブ諸国との関係がまずくなる。それに反イスラムをとって、テロなんてされたら迷惑千万。今回のレバノンとの戦争でも、レバノンだけではなく、こちらのハイファもかなりの被害をこうむっていてる。でもそれはあまり伝わらないし、「イスラエル=悪者」という形式を作るには、それを伝えるわけがない。

そして、イスラエルの代表的な左派の新聞すらが、外国メディア同様の反イスラエル主義ではどうなるのか。それを外国のメディアが使うものだから、もう処置がない。こういった左派のイスラエル社会を見ていると、いったいこの国はどこに向かっているのかと心配になってしまいます。

そういったあふれかえるメディアの中で、いったい何が本当か、またはそれに近いのかを見極める。そうでなければ、そのまま偏見と思惑に犯されてしまう。まあ、限られた情報で、いったいどうしたら見極められるのか、それもまた難しい話ですが。

今回、数人の方からも質問をいただきましたが、イスラエルがどうしてあそこまでレバノンの市民を狙わなければならないのか。これについては、まず、イスラエルは他国からの攻撃に対して防衛の権利がある。とはいうものの、今回はすっかり墓穴を掘ってしまい、弁解の余地はない。これまでイスラエルにそれほど反感を持っていなかったレバノンの人たちも、もうイスラエルはサイテイの国だと思うことでしょうね。

つまり、まちがった人たちを国のトップに持つとこういうことになる。そしてそれを選んだのが、無知な国民であるということ。今回の戦争に関しては、首相のオルメルトや数人の政治家たちは、戦犯として償うべきではないのかとさえも思う。まったくアホな人たちである。でも、だからといって、メディアで伝えられるほど、イスラエルは本当に悪の国なのかといえば、そんな短絡な話ではない。というか、世の中はそんなに白か黒かではない。

そして、「これまでイスラエルが好きだったのに、今回のことでは、かばいきれない」というコメントを何件かいただきましたが、私はかばわなくてもよいと思います。愛する人のよいところだけを見て愛すのではなく、間違ったことをしたときには愛を持って本当に怒ってあげる。だから私はイスラエルに対して、怒ってもいるし、頼むからもう少し(いや、かなり)お利巧さんになってほしいと願うばかりなのです。

と、短くするつもりが長々と話してしまいました。ひとりひとりそれぞれに考えがあるでしょうから、投稿するのはよそうかと思いましたが、せっかく書いたので載せておきます。なんのこっちゃ。疲れた方、ごめんなさいよー。

(写真はBBCだったかCNNだったかの、とあるキャスター。旧市街にて)

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