カテゴリー: イスラエル

和平とはイスラエル全土を受け渡すこと

さてさて、書きたいことが時間に追いつかず、時間ばかりが早足で駆けて行ってしまいます。こんな調子で今年も書きたいことの半分以下も書けないのかなあと思ったり。まあ、いいや、できる範囲でぼちぼち行こう。

まずひとつめ。シャロンさんが倒れて、イスラエルとパレスチナの将来にこれまで以上の不安が広がっているような、まあ、所詮はこんなところで行ったり来たり。そんなに簡単にイスラエルとパレスチナの独立した二つの国の和平などとは、そうは問屋が卸さないというところか。

そんなことを考えていると、昨日、Memri(中東報道研究機関)の日本語訳版からメールが届いていた。そこに掲載されていたインタヴューの内容が、まさに代表的なパレスチナの本心ではないのかなあと思ったり、いや、こんな意見がすべてでもないだろうと多少の望みをかけてみたり。しかし、そこに書かれているように、「パレスチナは現在のイスラエル全土を受け渡されることによってしか和平を実現するつもりはない」というのは、何もイマサラ驚く話でもない。パレスチナが望むように、イスラエルがこの国の全土をパレスチナ側に受け渡すことは現実には不可能だから、だから、和平はいくら進めても実を結ばないのでは?とも思う。しかし残念なことに、世界はこれを知りたくも認めたくもないようだし、イスラエルの左派の多くもそういうことを信じないというか、ナイーヴというか。

この中東から物理的にも文化的にも遠く離れた日本では、なかなか触れる機会もなく理解しがたいアラブ・ムスリムの価値観がここにクリアに現れている。これとはまったくかけ離れた日本の文化と宗教観と価値観。なかなかちょっとやそっとでは語りきれない。

以下はMemriからの引用です。他にもこの問題関係に興味のある方はMemriのウェブへどうぞ。http://memri.jp/

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イスラエル人は民間人ではないので殺しても構わない―息子三人をテロリストに持つ母親PA評議会選挙に立候補―

次に紹介するのはパレスチナ立法評議会選挙の立候補者ウンム・ニダル(Umm Nidal)のインタビューである。息子3人はハマスのテロリストで、殉教作戦に参加して死亡している。インタビューは2005年12月21日、ドリーム2テレビで放映された。

このインタビューを映像で見る場合は、下記サイトへ。

http://www.memritv.org/search.asp?ACT=S9&P1=980

アッラーのため自分を犠牲にするのは身に余る光栄

インタビュー記者

ウンム・ニダルは、占領者に対する抵抗のため、自ら進んで息子達を捧げた女性です。この女性は「私の息子達は自殺したのではない。戦ったのです。息子の誰ひとりとして子供や老人など一般市民を殺そうとしたことはありません。息子達は抵抗者で、敵と対峙し戦果をあげそして殉教者になった」といつも明言しています。

今日、ウンム・ニダルが我々のインタビューに応じてくれました。パレスチナ立法評議会の候補者として、新しい役割を世界に宣明するのです。

ウンム・ニダル

先ず言いたいのは、アッラーをないがしろにしたり、アッラーのお喜びにならぬ生き方を選んだりとか、私は自分の息子達には絶対そんなことをして欲しくないのです。息子達について私が一番恐れているのは、その点なのです。アッラーのために身を捧げるジハードは、或いはなすべきことをやりとげるのは、何とも光栄なことで、自分はうれしい。

記者  なすべきこととは何です。

ニダル  聖なる任務のことです。アッラーのためのジハードのことです。それは神聖な義務です。イスラムの義務のひとつで、放棄するわけにはいきません。放棄すれば罪を犯すことになります。

私はアッラーのために身を捧げるよう、教えに殉じるよう息子達を育てました。全員にその覚悟をさせています。私自身覚悟はできています。困難な道を選ぶ人は、それだけの覚悟が必要です。人によっては、これを悲劇と考える者もいるでしょう。しかしみまかってアッラーの御許に行くのは、祝福なのです。息子ムハンマドの殉教を聞いた時、私は…

女、子供を殺すのは不可避

記者  ムハンマドが実行した作戦について、話してくれますか。

ニダル  アッラーは偉大なり。息子の作戦は大掛りで、それは見事なものでした。第1次、第2次インティファダのいろいろな行動のなかでも、最も成功した作戦のひとつでした。

記者  テレビの前の視聴者は、ムハンマドが女、子供達の一般民の中で自爆したのではないか、と心配したのです。ムハンマドが何をしたのか、結果を待ち望んでいるに違いありません。女、子供を道ずれに殺したのか、それとも何か。その場合は、同情を失いかねない。どうか先を続けて下さい。

ニダル ムハンマドは、士官学校に突入したのです。相手は全員兵隊ですよ。でも、女、子供の問題については、誰も私達を非難できません。なにしろこれは戦争ですから、不可避です。

女や子供をターゲットにしたことはありません。しかし、作戦の場にたまたま居合わせたとなると、それは戦場の不可避ということですね。

息子はカッターでフェンスを切り開き、武器を手に侵入したのです。何処も危険で一杯…。

記者  つまり、息子さんは自爆しなかったのですね。

ニダル  自爆ではありません。携帯したのは通常の武器、カラシニコフ自動小銃と手榴弾でした。建物の中には部屋がいくつかあって、息子は部屋から部屋と銃を乱射してまわったのです。22分間弾薬が尽きる迄、撃ちまくりました。その間沈着冷静、弾薬がもっとあれば勿論戦い続けたことでしょう。

アッラーは偉大なり。相手を沢山やっつけました。兵隊約10人(を殺したの)です。しかしイスラエル放送は、いつも(実際の)損害を隠します。この作戦は大成功でした。アッラーは偉大なり。兵隊10人が殺され、23人が負傷しました。

息子の死は祝福、喜び

記者  敵占領者に与えた損害の方が、あなた御自身の損害より重要なのですね。勿論厭味で言っているのではありませよ。あなたは敵に与えた損害は言われましたが、息子さんが亡くなられたことを口にされなかったので、そう申上げたのです。

ニダル  勿論。息子が殉教者になったことを望みます。もし息子が戻ってきたのなら…いや、そんなことはありませんから。この作戦では殉教が不可避でしたから。入植地に入ったのですから、生きては出られません。殉教は不可避でした。

私は、じりじりして作戦結果の報告を待っていました。2人も殺せないだろうと思っていたのに、それがどうです。殉教志願者がひとつの入植地に侵入したのです。それ自体勝利ではありませんか。大変難しいのですよ。入植地は固く防備されていますから。殉教志願者が入植地に突入するのは難しいのです。

私は、作戦結果を聞いた時、それは、それは、息子については悲しかった。でも避けられないことですから。

私は、息子の死は祝福だと考えています。悲劇ではありませよ。

記者  泣いたのですか。

ニダル  最初は泣きません。私はアッラー・アクバル(アッラーは偉大なり)と叫んで叩頭し、感謝しました。これは悲劇ではなくて祝福すべきことなのですから、アッラー私をこの悲しみから救って下さいなど、恥しくて言えません。私はハルバ(甘ったるい菓子)とチョコレートを箱詰めにして、息子の友人達にくばりました。

記者  ウンム・ニダルさん、西側社会が理解しないのは、その点なのですが。パレスチナ人の母親が、殉教したと聞くと息子の死を喜び、葬儀で祝いごとをして、アッラー・アクバルと叫ぶ。彼等はその喜びを理解しない。奇異に思うどころか、批判します。パレスチナ人の女性には、人間の心がないのか、と言います。換言すれば、目的や成果がどうであれ、世界のどこを見てもそのように反応する母親はひとりもいません。あなたを初めとするパレスチナ人の母親達について、沢山のことが書かれています。彼等は、このような感情が理解できないのです。

ニダル  その人達はイスラムの埒外にあって、その思想が判らないのです。しかし私達は、おおアッラーは偉大なり、私達は信仰心の篤いムスリムです。先程の点については、私達とその人達は、イスラムの何たるかを理解していません。

記者  しかし、人間は皆同じではありませんか。我等が主は、一種類の人間しか創造していません。

ニダル  勿論、ひとりの人間として、私も同じ感情を持っています。自分の息子達に対しては、ほかの誰にも劣らず深い気持があります。しかしこれは神聖な任務なのですから。感情がいりこむ問題ではありません。

記者  撤収が始まっている時でも、それが言えるのですか…

ニダル  私達は心が痛むからといって、身を犠牲にすることをやめるわけにはいきません。犠牲とは一体どういう意味でしょうか。取るに足りないものを捨ててもそれは犠牲とはいいません。大事なものを手放すから犠牲なのです。息子達は私にとって一番大切な存在です。偉大なる大義のため、息子達よりも大切なアッラーのために、捧げたのは、そこに理由があります。私の息子は、息子の神よりも貴くないのです。息子は、イスラムの聖地よりも貴くないのです。息子は、自分の郷土やイスラムよりも貴くないのです。

記者  なかには「有意義な人生を送るように育てあげるべきだ。それができた筈なのに、何故死ぬように仕向けたのか」と言う人々もいます。快楽の人生という意味で言っているのではありません。死んで花実が咲くものか。生きていれば、ずっと多くのことができた筈です。将来偉大な軍司令官になったかも知れない。命を投げだして身を滅ぼすよりも、偉大な人物になった方が(敵に与える)打撃はもっと大きい。そう思いませんか。

ニダル  でも、息子は命を投げだして自分を滅ぼしているのではありません。これは死ではないのです。死とは呼びません。殉教と呼ぶのです。

女、子供を含めイスラエル人は皆兵隊、全ての手段が合法的

記者  最近、レストランや商業センターのなかで沢山の作戦が実行されてきました。世界は、軍事目標に対する作戦とは全然違う、と考えています。(人の集まる民間)施設で爆弾攻撃をやると、パレスチナの大義は世界中で傷ついてしまいます。 パレスチナ自体―ガザとウェストバンクですが、この作戦をめぐって意見がわかれています。

ニダル  パレスチナ人は全員同じ意見です。意見はわれていません。反対して別の見方をするのは、外国人です。私達や私達の大義に一片の同情心もなく、私達のことを何も知らないのです。こいつは無辜の人を殺しに来たと考える人達です。でも私達は、ムスリムとして別の考え方をしています。私達は「誰か攻撃したら、同じやり方で攻撃せよ」というコーランの言葉を身につけています。

そんなことは戦争には不可避ですよ。ほかのやり方で戦争に勝てますか。軍施設や兵隊を狙って攻撃します。でも(民間人を殺すのは)戦争につきもので、不可避です。それに、彼等は全員が占領者だしね。外地から来てパレスチナの地に住みつく者は、誰でも占領者なのよ。女や子供達、老人も同類なの。それに忘れて貰いたくないけど、全員、軍隊に行くのよ。全員が兵隊なのよ。まあ予備役兵なのよ。

更にもう一点、この連中は…御承知のようにこの土地はほかの人達のものなのに、やって来て住みついているのよ。つまり、イスラエル人は全員が私達の土地の占領者なのよ。そこには男と女の違いはありません。全員が…

記者  しかし、ウンム・ニダルさん、沢山の人が…

ニダル  皆、全員占領者なの。だから、合法的手段を総動員してこの占領者と戦わなければならないの。

記者  「合法的」という言葉は、私が…

ニダル  占領が続いている限り、すべての手段が合法的なの。

記者  心理的な見方でも結構ですが、民間人と兵隊に対する攻撃の違いを区別できないのですか。

ニダル  違いはありません。これはイスラムの宗教法なのです。私が勝手に考えているのではありません。この点では私はイスラムの宗教法を順守しています。法を犯せば永遠の地獄に落ちると判っているからです。問題は単純ではありません。この連中の殺しをとめる禁制がないというのは、イスラムの宗教法に立脚してのことです…。

平和とは、ヨルダン川から(地中)海までパレスチナ全域の解放

記者  あなたにとって「平和」という言葉は何を意味するのですか。

ニダル  「平和」という言葉は、我々が目下経験している種類の平和を意味しません。この平和は、降伏、恥ずべき屈辱でしかありません。平和とは、(ヨルダン)川から(地中)海までパレスチナ全域を解放することです。これが完遂された暁に、連中が平和を望むなら、話合いに応じてもよいのです。イスラム国家の旗のもとでの生存を許されるでしょう。これが私達のいうパレスチナの将来です。

記者  この種の思考が平和の妨げになっている、と主張する人達がいます。イスラエル人がおめおめと国の消滅を許す筈がないからです。

ニダル  拒否するのなら勝手に拒否すればいいじゃない。私達は連中が受入れるとは思ってないわ。この連中は占領者なのよ。私達はこの連中を私達の土地から追い払いたいのよ。

アッラーのためなら喜んでテロリストになる

記者  私の前に坐っているウンマ・ニダルは、世界中でテロリストに分類されている人物です。単なるテロリストではありません。テロリストのプロデューサーです。

ニダル  好きなように分類したらいいでしょう。私はアッラーのためなら喜んでテロリストになります。それは名誉、私の誇りなのよ。「アッラーの敵、汝の敵の心臓をつき度肝を抜くべく軍勢と駿馬を集めて準備にはげめ」とあります。私は自分でこのコーランの言葉を遂行しているので、大変幸せ。アッラーのためならテロリストになっても構いません。

記者  あなたには10人息子があるが…

ニダル  そうです。アッラーは偉大なり。

記者  それで別の息子が死んだら…

ニダル  若者だったら沢山います。

記者  悲しい気持には全然ならないのですか。

ニダル  なりません。そんなことはありません。ああ、アッラーは偉大なり。私は全員を犠牲にします。聖なる任務のために全員の犠牲が必要なら、私は拒みません。数百人の息子が犠牲になってもです。
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