カテゴリー: ユダヤ雑学

「The Empty Chair」


今日は一冊の本を選んでみました。本の題名は「The Empty Chair – Finding hope and joy」、著者はラビ・ナハマン(Rebbe Nachman of Breslov)。

一口にオーソドックス・ユダヤ(正統派)といっても、実際には色々な派があります。神との感情的な結びつきを重視するハシディックや、それと対抗する理論的なリトヴァックなどなど、毛皮のシュトライマレ帽や黒いカウボーイ・ハットのような帽子と、その姿かたちや伝統、そしてユダヤの教えへのアプローチもそれぞれに異なります。その中の一つ、ハシディック派は、1700年代にウクライナでバアル・シェム・トーヴ(右上の写真)というラビによって設立されました。

旧約聖書に登場するユダヤの名前はその人の役割などによって名づけられたと、以前「レイチェルは雌羊だった」で話しましたが、バアル・シェム・トーヴ(「よい名の師」とでも訳したらよいのでしょうか)もまた、彼の人格によって30代になってそう呼ばれるようになりました。カバラと呼ばれるユダヤ神秘主義を基にしたバアル・シェム・トーヴの新しい教えは、ハシディズムと呼ばれウクライナで急速に広まり、彼の没後もヨーロッパのユダヤの人々へと広がっていきました。現在のベルギーのアントワープには、ヨーロッパでも屈指のハシディズムの街があります。(ハシディズムとはハシッド+イズムで、ハシッドは「神に敬虔な人」という意味。)

このバアル・シェム・トーヴのひ孫にあたるのが、この本の著者ラビ・ナハマン。1772年にウクライナで誕生、1810年に38歳の若さであちらの世界へと旅立ちました。しかし彼の没後200年近くたった現在でも、ハシディズムと神秘主義を基にした彼の教えは根強い人気で、世界中にラビ・ナハマンを支持するオーソドックス・ユダヤがいます。特に「ナハマン」と刺繍の入ったボンボン付きの大きな白いキパをかぶった世俗ユダヤからオーソドックスになったユダヤの若い男性陣には大人気。「The Empty Chair – Finding hope and joy」は、このラビ・ナハマンの格言集で、短い言葉でもって「ズバリ言うわよ!」と核心的。実はこの本を和訳する許可をくださいとアメリカのある出版社に問い合わせ中なのですが、果たしてOKは出るかわからない。そこで今日はこの本のさわり、ラビ・ナハマンの言葉のいくつかだけを和訳したものを書いておきます。

  • 「あなたが座っているその椅子はあいていますか?」

「そんなバカな。そんなこと、ありえるわけがないでしょう」
「そうですね、あなたが座っているのだからそんなことはありえない・・・。でも、ひょっとしたら、そこに座っている人が虚無を感じていたら?だとすれば、椅子があいていなくても、その椅子は空っぽなのでしょう」

  • いつもの習慣から抜け出せず、変わることを諦めている人たちと同じ過ちをしてはいけないよ。もしあなたが本心から望み、そして本当に十分な努力をするならば、それらは克服できるのだから。
  • この世界で起こること(それが何であれどこであれ)は、あなたに選択の自由を与えるための試練である。賢く選択をしよう。


  • あなた自身は、あなたの思考そのものである。あなたが存在したい場所に思考を存在させよう。
  • 「調子はどう?」と尋ねられた時に、辛いと嘆いたり愚痴を言ってはいけない。もし「ひどい」と答えれば、「あなたはこれくらいのことでひどいと言うのか?だったら本当にひどいとはどんなことかを教えてあげよう!」と神は言うだろう。
  • 「調子はどう?」と尋ねられた時に、辛いと嘆くのをやめ「すばらしい!」と答えれば、「あなたはこれくらいのことですばらしいと言うのか?だったら本当にすばらしいとはどんなことかを教えてあげよう!」と神は言うだろう。
  • 心と精神を澄ますためには、一度たりとも神の言葉を学ぶチャンスを見逃してはいけない。
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