2008/08/31 at 11:20 am (イスラエル)

What do you do?
What’s your profession?
何されてるかたですか?
どんな言葉ででも、
職業を聞かれたり、書いたりするとき、
・・・途端に戸惑う。
うーん・・・・
I don’t know…not really…have one.
で、いいですか?
答えがないその理由は、
スゴくカンタンだったりする。
生まれてこのかた、
これまでして来たことって、
ヒトになりたい、
だと、思、う。
あ、いや、今が妖怪とか、
ってなわけやないけれども。
で、その、
こうでありたいヒトになる過程で、
書いたり撮ったり、
だけどそれって単なる道具でしかなくて、
職業=ヒトになることをシテマス、
はい、ヒトやってる途中ですねん、
ってゆうたら、
その後の沈黙がもうどうしようもないやんね。
みんな、この際、質問、かえません?
職業はまあなんでもええやん。
そうじゃなくて、
どんな「ヒト」ですか?
どんな「ヒト」になる夢がありますか?
そう挨拶するようにしたら、
きっともっとみんながんばって、
よーっしゃ、こんなヒトになりたい、
こんなヒトになってみよーって、
もっといい世の中になるような気がするねんけどなあ。
あ〜、ちゃうかなあ〜?
久しぶりの徹夜・・・。
ただいま朝の5時半なり。
あたまぷわぷわ、あかんあかん、
余計なこと書いとらんと、もう寝な(笑)。
今日もどうもありがとう。
あ、そーそー、その前に。
『エルサレム・クロック』(←クリック)
無事に発売しましたヨ。
出版に携わっていただいたすべての方に感謝。
そして読んでみよーと思われるみなさんにも
どうもありがとう。
これまではエルサレムやイスラエルというと
「聖地」「宗教」「中東政治問題」「ユダヤの策略」
なんやそれ〜?みたいな入りにくい本が多い
ニッポンでございましたが、
そういう本ではござんせん(笑)。
あ、いや、そういうことにも触れてますが、
限りなくさらりとね。
くー&たんの成長日記あり、
ぐるりエルサレムの一年のこと、
季節の美味しい食べ物、
テル・アヴィヴ、エイラット、死海あり、
世界的にも珍しい写真シーンあり、
(マーク氏(くわしくは『ロスト・ラゲッジ』をば)のそれから、あり)
と、まー、
本屋さんで見かけたら、
これ、友だちですねん!
って、なんぼかまけてもらってください(笑)。
あ、定価がちゃんとありますからムリですか・・・。
そういえば値切りの関西でも本屋さんでは
「まけてーな、おばちゃん」は言わへんなあ〜。
22 Comments
2008/08/31 at 1:36 am (月と太陽の傾き)

昼下がり。
ええですなあ〜。
平和ですなあ〜。
うちもまぜて〜。
ブログが追いつきません・・・(涙)。
ちょっとクロアチアな、
かなりスローモードで。
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2008/08/27 at 11:35 pm (月と太陽の傾き)
Tags: plitvice

ながいおつきあいのかたにはもうおわかり。
わたしが森へ行きたいといったら。
べつになにかあったわけじゃないけれど、
ふかい森がこいしい。
いろんなことすべてから解放されて、
こんなあおい湖の底からぽか〜んと
あおい空をみあげてくらしてみたい。
・・・、ねえ。
あー、おつかれさんですなあ〜。
今日もどうもありがとう。
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2008/08/27 at 3:57 pm (不思議のクロアチア)

今お手伝いさせていただいている某社のガイドブックをもって、クロアチアの旅関連の執筆はひとまずお休みしようと思う。写真の提供などは続けて行こうと思うけど。
ガイドブック(紹介部分など)や旅のエッセイは旅人が書くもので、そこに住んでしまうと旅人には見えないたくさんの、旅人の目にはほとんど不可能に近い様々なものがにょきにょきと、道ばたに、街角に、テレビの報道の裏側に見えて来る。だから「ワンダホー、ビューティフォー!ブラボー!」だけのクロアチアなんて到底ムリなのだ。
クロアチアは美しい。たしかに自然は素晴らしく、化学肥料や薬品、添加物が少ない食べ物も美味しい。南のダルマチア地方に行けば、人も愉快でおおらか。だけど、現実は当然それだけじゃない。日本のテレビや雑誌の特集では、特にドブロヴニクに触れる時、旧ユーゴ紛争では彼らだけが被害者かのように、その後がんばって復興した素晴らしいガッツある民族、そんなイメージに作られていることが多い(というか、それ以外には言ってはいけないのかってくらいに)。だけど、それはどこまで事実なのだろう。「戦争」という言葉、日本ではその実態を知らない世代が使うその言葉は、非現実的でロマンなイメージすらを含んだように、クリシェとして、あの紛争すらも都合良くお涙ちょうだいストーリーとして作り上げられている気がしてしょうがない。
先日訪れたプリトヴィツェ。あの森の周辺にだって、未だその土地に帰れない、クロアチア人ではない人々がいる事実はどうなのだ? 森のそばの数々の廃屋。焼かれた窓。その一つを写真に収めていると、付近に住むというクロアチア人のおばちゃんが話してくれた。紛争時にここを追い出されたセルビア人の持ち主はあれから何度もここに家を建て直そうとしたのに、それは阻止され、いまだに戻ることを許されない。彼らはいまも惨めな生活を送っている、と。決して表には出てこない、これらの話。日本で、世界中で、他の人種や民族に対して差別を抱くように、この美しい国クロアチアでだって、特定人種に対しての根強い差別、憎しみ、私欲が渦巻く。
こんなことを耳にし、見、考え、思う。クロアチアだけではない。日本だってアメリカだってどこだって、人は、国家は、後ろめたい過去はなかったかのように闇に葬り、表面上の都合の良い美しさのみをアピールする。近年の日本のクロアチア・ブームによってその美しさだけが後押しされすぎて、ほとんど盲目的な Love Croatia♡の波。だけど、本当にこの国(どの国でも)を思うのならば、美しさや素晴らしいことだけじゃなく、過去や現在の問題や疑問点も含めて語られなければいけないのじゃないのか。クロアチアももうそんな時期なんじゃないか、と、思う、よ。・・・ねえ?
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