エルサレムのロシアにーちゃんたちの引っ越し屋。これまででいちばんパワフルだった引っ越し屋だった。あのロシアにーちゃんたちの、ガッツと動力に勝る引っ越し屋はおそらくいない。いかにも共産圏の教育を思わせる統率力にロシア男の底力。とりゃー!たーっ!そらよっ!もういっちょーっ!金髪に碧い目で真夏の乾いたエルサレムを汗だくで、背中にタンスを担ぎひもでずり落ちないようにと括りつけ3階まで駆け上がり、また駆け下りたと思ったらお次ぎは背中にテレビをしょって駆け上がって来る。したたる汗に飲み物をすすめると、ヴォッカを飲み干すがごとく仁王立ち。カーッ!と流し込んだと思うとまたミッション遂行中の兵隊たちは素早く駆け下りていく。地中海側の街のとあるハイテク企業では社員の半数が若いロシア移民だったなあ。今のイスラエルには欠けている礼儀やマナーを持ち、コツコツ黙って奉仕型。そんなの若きロシアン移民パワーはちょっと中だるみがちなイスラエルには大きなプラス。
なんてことを、昨日ザグレブのアリさんマークの引っ越し屋さん(Mrav)のオニーサンたち、ジュースを飲みながらよっこらしょと座ってしまうのを見ていて、ふと思い出したのだった。でも彼らは彼らで荷運びを手際よくこなしてくれたので、この国にも「働く人」がいるってことを再確認、ありがとう。こう言うと働く人がいない国なのかと思うかもしれないが、「遅い」というよりイイカゲンなのかだらしないのか。6月にはじめ、10日でできると言われたうちのバスルームも、なんのなんの、実は入居した今もシャワーのガラス戸が着いていない。この3週間ほど「あー、明日か明後日にはつけますよ」そう、返事だけはいいのだ。そしてキッチンの改装も棚の色サンプルを明日持って来ますと言ったのはもう2〜3週間前だろうか。できないのなら明日は無理ですと言えないのだろうか。できないなんてつもりはなくても、口先の約束と実行力が伴わない。そして催促すれば笑顔で「明日中には」をくり返されるか、「なんて押しがキツいんだ」と、まさに角のカフェで珈琲をすすりながらお茶を濁される、果てしなく続くぬか喜びにがまん大会。だからもうキッチンの改装が始まる、終える、を待たずにとにかく入居することにした。待っていたら今年中に入れるとはもう思えない。
これまでのアジア、中東、欧州、北米人生からある程度正しいと思っていたこと、あたり前だと思っていたこと、おかしいと思っていたこと、自分の中のいろいろな感覚や価値観がここでガラガラと無惨にも崩されていくような、新たなトランジットではあるものの、それが上昇ではなく下降しているってこと、ここに住むことは妥協なんてかっこいいものじゃなくどこかため息の止まらない諦めに近い、なんとも言えない心地悪さ。エルサレムを出る時に悩んだ原因のひとつはそういうことだったが、これも自分の決断だからどうにかすべてプラスになると思いたい、儚い希望は捨てられない。
はなし変わって実家の金沢。実家から100メートルあるかないかの浅野川が溢れ大変なことになっているよう。兄のブログで見た何枚かの写真。幸い実家はそれほど被害はないらしいがうちの近所一帯水びたし。ほんの数日前の母の「今年の梅雨は二日ぐらいしか雨が降らなかった」。良寛さんじゃないけれど、何事にも時節あり。やはり降る時には降ってもらわないとこういうことになるのか。雪に雨に猛暑にと金沢も自然環境の厳しい街。子供のころに父が「昔、大雨で水害が起きたことがあってね、裏の墓場が泥に埋まってそりゃあ大変だった」と言っていたのを思い出した。兄の息子もいつの日か大人になったら「パパが子供のころに大雨で裏の浅野川が溢れてね、」と彼の子供たちに語るのかな。
ザグレブにも川はある。長く大きな川。北のスロヴェニアからクロアチアを通り抜け、ボスニア、そしてセルビアへと国や民族を越えて流れる。だけどザグレブはとなりの国ハンガリーのブタペストやベネチア、フィレンツェのように川に栄えた街ではない。サヴァ川は誰にも見向きもされないように、ザグレブの郊外を流れていく。








